ゆくゆくは熟年離婚かしら?と旦那に思ったきっかけと今どうして離婚しないのか

私たち夫婦は社内恋愛で結婚しました。

子供が出来るまでは超が付くほどラブラブな二人でしたし、一生これが続くと信じていました。

今回はそんな「ラブラブで恋愛結婚をした私」が熟年離婚を考え始めた時のきっかけと、どうして今離婚していないのかご紹介していきます。

 

どうして「熟年離婚」が頭によぎったのか?きっかけとは

 

結婚3年目で待望の男の子を授かり、幸せいっぱいでした。

今思えば私達夫婦が長~い下り坂に入った瞬間だったのです。

 

私は陣痛が全く起きなくて早めに入院し、結局帝王切開することに。

たまたまその日が旦那の会社の社員旅行の日で、手術室に私が入ったら旅行に行こうとしていたので私の母に叱責されたそうです。

自分の子供が生まれて来るというのに、あり得ません。

 

それでも息子が可愛いとは思っているようですが、一切赤ちゃんの世話はしてくれませんでした。

私が買い物がしたい時に抱っこをお願いしたら、抱っこではなくてただ「持ってる」って感じでした。

 

どうして良いのか分からなかったのでしょう。

でも、それは新米ママである私も同じです。

「我が子を持ってる状態」の旦那を見て、今後大丈夫なのかな?と頭をよぎったのが最初のきっかけでした。

 

保育所、小学校の入学、卒業式、運動会も来てくれたことはありませんでした。

母子で学校の行事を終わらせて、夕方帰ると一人でお酒を飲んでいてすっかり酔っ払いでした。

一番私が嫌だと思ったのは子供が頑張った時に誉め言葉も出ない父親だという事です。

たった1人の愛しい息子に言葉をかけたり、励ましたり出来ません。

 

子供がすくすくと育つにつれて私の心は旦那から離れ、嫌悪感でいっぱいになりました。

この日常での子供の関わりを見て「子供が大きくなったら…」と何度も考えていたのはハッキリ覚えています。

 

 

息子は中学生になり学費と食費が大分かかってきました。

旦那の仕事は完全歩合制です。ボーナスなし、退職金もなしです。

 

子供が生まれた時点から給料は同じか微妙に減っています。

旦那はそれで足りてると思っているし先日は「俺はこれ以上頑張れないから」と宣言されました。

これが最大の「離婚」を考えたきっかけです。

 

将来を悲観しました。毎日毎日「どうしよう」と考えながら安いパートを続けました。

実家に泣きついたり、カードでお金を借りてどうにか暮らしています。

 

そして去年私は壊れました。突然動悸の発作が起こって動けなくなるのです。「このまま死んでしまうのかな?」と思うほどの恐怖です。

この発作が徐々に頻繁になってきたので、何かの病気と思いました。

迷惑がかかるのでパートも辞めました。

 

内科、循環器科でも原因不明でした。後はストレスかと思い神経科に行ったら「パニック障害」でした。投薬と通院で治療中です。

 

旦那に話したら「ふーん」で終わりです。

私を労るどころかますますよそよそしくされてます。

当然私の収入がないのでどうしようと訴えましたがお酒を飲みながら「俺は限界だ」「知らねーよ」などの言葉を繰り返すだけでした。

 

「その酒代を少しでも生活費にまわそうと思わないの?」と言っても無視されました。

なので実家の母に助けてもらっています。

親孝行する歳なのにずっと迷惑をかけてしまい、結婚って一体何なのだろう?訳が分からなくなります。

どうしてすぐに離婚しないのか?

友人に相談すると「すぐに離婚しなよ!」と言われました。

私も友人の立場だったら離婚しな!と助言すると思います。

 

ですが現在外にでて働けない、そもそも生活基盤を作る元となるお金もないのです。

実家には兄家族が同居しているので実家に戻ることはできません。

 

なので「離婚したい!」と思いながらも、何とか毎月少ない額ではありますが貯金しています。

この「貯金」がかなり心の支えになっていて、目標額まで貯まったら家をでていけるという希望です。

 

それに、離婚しても養育費や慰謝料など旦那に払ってもらうのはとても期待できません。

私はもともと特技や手に職があったわけではないので働くとしてもフルタイムパートくらい。。

 

息子に不憫な思いはさせたくないけど、離婚するとなると今よりもお金がない暮らしになる。

それが一番離婚を踏みとどまる理由になっています。

 

「息子が大学に行ったら離婚しようか」

「社会人になってから離婚した方がいいのかな」

と何度も考えています。

 

その迷いがあるせいで離婚を踏みとどまっているのは確信できます。

 

今後について

実家の母が助けてくれなかったら私はサラ金に手を出すしかありませんでした。

母の老後はしっかりお世話しなくちゃ、と誓いました。

 

もう1つの救いはこんな環境でも優しい子に育った息子です。

息子も目の前に父親がいるのにお酒ばかり飲んでいるので、彼も思うところがあるでしょう。

学校の行事はお父さんも多く参加しているのをどのように感じて見ているのかと思うといたたまれません。

 

私がガッツリ働けないので、悔しいけれど今は旦那に頼るしかありません。

息子にも人並みの事はしてあげたいのでずっとずっと我慢しています。

 

息子が大学・社会人になったその頃には大人になった息子の考えも聞きながら決断しようと思っています。

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