世界一危険なカラチャイ湖とは?生物を壊す湖の現在

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みなさんはカラチャイ湖という湖をご存知でしょうか?

この湖は世界一危険な湖と言われています。

いったいなぜカラチャイ湖は世界で一番危険と言われる湖になってしまったのでしょうか。

今回の記事ではカラチャイ湖について、カラチャイ湖はなぜ世界一危険になったのか、カラチャイ湖の現在についてを徹底調査してみました!

カラチャイ湖とは

まずはカラチャイ湖の概要について調査します。

湖と言えば穏やかで湖岸で日光浴をするのに最適な観光地のイメージですが、カラチャイ湖はそういったことができる湖ではないようです。

カラチャイ湖がどこにあって、なにが理由で危険なのかを調べてみました

カラチャイ湖の場所と地図画像

カラチャイ湖がどこの国の湖でどこに位置しているのか、まずはGoogleマップを使って調べてみました。

調べてみると、いとも簡単にGoogleマップ上にその位置が表示されました。

どうやらカラチャイ湖はロシアの湖のようです。

ロシアのウラル地方にある

カラチャイ湖はロシアのチェリャビンスク州ウラル地方にある湖でした。

湖の大きさは約500平方メートルほどで、東京ドーム10個分くらいの大きさです。

一見普通の湖に見えますが、概要欄を見ると驚くべきことが書いてありました。

「核廃棄施設として使用されており、世界で最も汚染された場所の一つとして知られている。」

カラチャイ湖の地図の画像

地図上で見ると、付近に一般的に湖でよく見られるようホテルや飲食店は一切存在しません

それどころか、Googleマップを衛星写真に切り替えてみると、湖自体が確認できませんでした。

ロシアの核廃棄施設として使われていて、現在は存在自体が確認できない湖・カラチャイ湖とは一体どれほど危険な場所なのでしょうか。

チェルノブイリ以上の放射能

カラチャイ湖はなんとあの爆発事故を起こしたチェルノブイリ原子力発電所の2倍以上の放射線量を放出しているようです。

福島第一原発事故の放射線量が77万テラベクレル、チェルノブイリ事故が570万テラベクレルですので、その凄まじさが分かるでしょう。

なおカラチャイ湖は放射能が堆積し、水の温度が高温になっていることから「イレンコの熱い湖」とも呼ばれているようです。

カラチャイ湖はもともと観光に適した場所だった

カラチャイ湖は元々は観光に適した場所だったという噂が存在します。

当然カラチャイ湖は当初から核廃棄物を捨てる場所として計画されていたわけではありません。

カラチャイ湖の以前の姿について調べてみました。

カラチャイ湖は景色が綺麗だったと2chで話題に

以前2chでカラチャイ湖が核廃棄物を捨てられる前の姿が綺麗だと話題になりました。

自然豊かな地域にひっそりと存在する小さな湖だったようです。

核廃棄物を捨てられる前の湖に関しての情報はほとんど残っていませんが、わずかな情報を手がかりに調査してみました。

実際の写真

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この画像が以前のカラチャイ湖とされる写真です。

カラチャイ湖に核廃棄物が捨てられるようになったのは第二次世界大戦後の冷戦期ですので、この写真は別の場所かイメージにすぎないと思われますが、このように綺麗な湖を死の湖に変えてしまったというのは非常に恐ろしい話です。

一時間いると死ぬと言われている

カラチャイ湖は湖岸にいるだけで6シーベルトの放射線量を浴びることが分かってます。

これは人間が約1時間浴び続けるだけで死に至る量で、非常に強い放射線量です。

つまりカラチャイ湖は湖岸で1時間佇んでいるだけで人間は死んでしまうほど危険な場所なのです。

魚に人間の歯が生える

放射能によって汚染されたカラチャイ湖にはさまざまな奇形の魚が出現したようです。

中には魚に人間の歯が生えたような奇形魚も出現したらしく、放射能が生態系に与えた影響は大きな物だったことがわかります。

実はカラチャイ湖は魚だけでなく周辺住民にも放射能の影響を与えていたようなのです。

なぜカラチャイ湖は世界一危険になったの?

なぜカラチャイ湖がこれほど危険な場所になってしまったのでしょうか。

その理由は核廃棄物が長期間廃棄され続けたというだけではありませんでした。

実はカラチャイ湖付近の核施設で大事故が起こり、それが原因でカラチャイ湖は「死の湖」に変貌してしまったのです。

核技術施設の「マヤーク」が原因

カラチャイ湖の北に「マヤーク」という核技術施設が存在しました。

このマヤークこそがカラチャイ湖に放射性物質を廃棄し続けた原因なのです。

マヤークでは核技術の実験等が行われ、その時に出た放射性廃棄物を近くのテチャ川やカラチャイ湖に棄てていたのです。

1948年に誕生したロシア最大の核技術施設

マヤークは1948年に建造され、ロシア(当時のソビエト連邦)最大の核技術施設でした。

当時は冷戦期真っ只中だったため、ソ連はアメリカと核開発競争を行っており、核兵器開発にかなり力を入れていました。

マヤークでは、こういった核兵器開発に必要な核技術の実験が多数行われていたと思われます。

大量の廃棄物がカラチャイ湖に流入

核技術実験などによって出た大量の核廃棄物はテチャ川やカラチャイ湖に棄てられました。

核廃棄物はカラチャイ湖に棄てられ、堆積していき、徐々に湖を汚染していったのです。

しかし、この一連の流れでカラチャイ湖が現在のような状態になってしまったというわけではありません。

カラチャイ湖が極限まで汚染されるきっかけとなる事件があったのです。

ウラル核惨事が決定打に

1957年9月29日、マヤークの核廃棄物を貯蔵していたタンクが爆発し、放射性廃棄物が空気中にばらまかれてしまいました

これが「ウラル核惨事」と呼ばれる事件です。

爆発したタンクに入っていた放射性廃棄物は北東方向に幅約9km、長さ105kmの帯状の地域を汚染し、チェリャビンスクの約1万人が避難しました。

この事件は後にジョレス・メドべージェフ氏による告発があるまで32年間秘匿とされていました

なぜマヤークは放射性物質をばらまいた?

マヤークは核技術実験を繰り返し、核廃棄物という放射性物質をカラチャイ湖やテチャ川に廃棄し続けていました。

しかし、いったいなぜ放射性物質をカラチャイ湖やテチャ川に棄てるような行為を行ったのでしょうか

これには大きくわけて2つの理由があります。

危険性が分かっていなかった

理由その1は「危険性が分かっていなかった」です。

1940〜50年代は核開発の初期にあたり、放射性物質についてまだまだ分からないことが沢山ありました。

ソ連政府も、核開発ででる放射性廃棄物が人体や生態系に与える影響について認知していなかったのです。

マヤークの存在を隠したかった

もう一つの理由としては「マヤークの存在を隠したかった」という理由です。

当時は冷戦期真っ只中で、ソ連はアメリカと核開発競争を行っていました。

核兵器開発のための核技術施設の存在がアメリカにバレれば、どの程度の技術・兵器を持っているのかを知られてしまいます。

こっそりと核廃棄物を川や湖に棄てることで、核技術施設の発見を避けようという考えもあったのでしょう。

カラチャイ湖の現在は?

ここまでカラチャイ湖の概要とその歴史についてまとめましたが、現在のカラチャイ湖はどうなっているのでしょうか

核廃棄物で汚染され、生物の生態系すら変えてしまった、死の湖の現在について調査してみました。

コンクリートで埋め立てられている

現在カラチャイ湖の湖面は埋め立てられて見えなくなっています

埋め立てには石棺(コンクリートブロック)が使用されたようで、湖面を完全に封印するように覆われています。

これは風によって湖面の放射性物質が飛散するのをさける為に行っている処置であると思われます。

この封印作業には約40年が費やされており、2015年にやっと作業が完了したようです。

汚染された水はゆっくりと広がっている?

カラチャイ湖の汚染された水がゆっくり広がっているのではないかという噂が存在するようです。

前述のように湖面はロシア政府によって埋め立てられており、湖は完全に封印されていますので、汚染が拡大しているという心配はないと思われます

しかし32年もの間事実を隠し続けてきたロシアですので、他にも似たような湖や河川があるかもしれません。

カラチャイ湖は埋め立てられた今でも危険な場所だった!

調査の結果、カラチャイ湖は核実験の際にでる核廃棄物を棄てた湖で、今なお危険な湖であることがわかりました。

石棺で埋め立てられた現在でも被爆の危険性があるため、立ち入りは厳しく制限されているようです。

核廃棄物のなかには放射能が消えるまで1000年近い年月が必要な物もあるようなので、カラチャイ湖に立ち入ることができるようになるのははるか先の未来となるでしょう。