日本国内では、多くの悲惨な事件が発生し、その一部は今も未解決のままです。
地域社会に大きな恐怖と不安を与え、真相解明を願い続ける人々が数多く存在しています。
時が経つにつれ、事件の詳細は忘れ去られることもありますが、未解決事件は決して消えることのない「負の遺産」として私たちの記憶に残り続けています。
ここでは、謎に包まれた未解決事件の概要、事件当時の状況、その後の捜査についてまとめてランキング形式でご紹介します。
- 史上最恐の未解決事件トップ45!平成三大未解決事件も?
- ① 1995年 八王子スーパーナンペイ事件
- ② 1996年 柴又女子大生放火殺人事件
- ③ 2000年 世田谷一家殺害事件
- ④ 1991年 カアイソウ、カアイソウ事件
- ⑤ 1994年 井の頭公園バラバラ殺人
- ⑥ 2008年 高知大学探検部地底湖行方不明事件
- ⑦ 2001年 歌舞伎町ビル火災事件
- ⑧ 1969年 庄山仁くん行方不明事件
- ⑨ 1992年 福島県原町市女性失踪事件
- ⑩ 1990年 石嵜容子さん失踪事件
- ⑪ 2011年 大分県日出町主婦失踪事件
- ⑫ 1987年 西安義行さん失踪事件
- ⑬ 2007年 香川・坂出3人殺人事件
- ⑭ 2019年 和菓子店娘殺人事件
- ⑮ 2021年 和歌山母子転落死事件
- ⑯ 1979年 長岡京ワラビ採り殺人事件
- ⑰ 2001年 室蘭女子高生失踪事件
- ⑱ 1975~1989年 佐賀女性7人連続殺人事件
- ⑲ 1995年 京都主婦首なし殺人事件
- ⑳ 2008年 岩手17歳女性殺人事件
- ㉑ 2001年 日本平山頂死体遺棄事件
- ㉒ 1999年 名古屋市西区主婦殺害事件
- ㉓ 1988年 名古屋妊婦切り裂き殺人事件
- ㉔ 2008年 舞鶴高1女子殺害事件
- ㉕ 2009年 板橋資産家殺人事件
- ㉖ 2015年 福生顔面皮剥ぎ変死事件
- ㉗ 2009年 島根女子大生バラバラ殺人事件
- ㉘ 2015年 中野美人劇団員殺人事件
- ㉙ 1989年 福島女性教員宅便槽内怪死事件
- ㉚ 2008年 琵琶湖バラバラ殺人事件
- ㉛ 2007年 京都精華大学生通り魔殺人事件
- ㉜ 2008年 豊田市女子高生殺害事件
- ㉝ 2003年 五霞町女子高生殺害事件
- ㉞ 2006年 堺市母娘殺傷事件
- ㉟ 2004年 愛知豊明母子4人殺人放火事件
- ㊱ 2000年 茨城少年リンチ殺人事件
- ㊲ 2021年 熊本市南区元城南町議殺人事件
- ㊳ 2021年 茨城県東海村兄弟殺害事件
- ㊴ 2022年 群馬県伊勢崎市高齢男性殺害事件
- ㊵ 2022年 愛知県犬山市母子殺害事件
- ㊶ 2022年 別府市大学生2人死傷ひき逃げ事件
- ㊷ 2022年 東村山市一家4人放火殺人事件
- ㊸ 2022年 鹿児島県鹿屋市高齢女性殺害事件
- ㊹ 2022年 埼玉県白岡市中3男子傷害致死事件
- ㊺ 2022年 日光市身元不明男性バラバラ殺人事件
- そもそも未解決事件とは?
- 未解決事件の早期解決を願う
史上最恐の未解決事件トップ45!平成三大未解決事件も?
未解決事件の中でも最も怖い事件45件をランキング形式でご紹介します。
併せて平成に起きた日本の悲惨な平成三大未解決事件は
- 「世田谷一家殺害事件」
- 「柴又上智大生殺人放火事件」
- 「八王子スーパーナンペイ事件」
と言われています。
いずれも未解決で迷宮入りしており、捜査は続行中です。
① 1995年 八王子スーパーナンペイ事件
「八王子スーパーナンペイ事件」は1995年(平成7年)7月30日八王子市大和田町にあるスーパーナンペイ大和田店で起きた従業員射殺事件です。
お店の2階事務室でパート・アルバイトの3人が射殺された事件です。
アルバイトの女子高生2人は背中合わせにされ、口をガムテープでふさがれ、至近距離から後頭部に発砲され即死。
パートの女性は金庫にもたれかかった状態で2発発砲され死亡、さらに腹部に刺し傷もありました。
売上目的の強盗殺人と見られていますが、犯人はいまだにわかっていません。
この悲惨な殺害状況から有名な平成三大未解決事件の一つに数えられています。
② 1996年 柴又女子大生放火殺人事件
「柴又女子大生放火殺人事件」は1996年(平成8年)9月9日、葛飾区柴又の住宅街の民家で起きた放火殺人事件です。
こちらの事件も有名な平成三大未解決事件の一つに数えられています。
留学を2日後に控えた女子大生が鋭利な刃物で首などを6カ所を刺され、出血多量で死亡。
口と両手は粘着テープで巻かれ、両足はストッキングで縛られた状態でした。
犯人は女子大生を殺害したあと、家に火を放ち逃走。
犯行は、粘着テープを持ちこんでいたことから計画性がうかがえます。
周辺では不審な人物の情報が多数寄せられていますが、犯人はいまだに特定できていません。
この事件には800万円の懸賞金がかけられています。
③ 2000年 世田谷一家殺害事件
「世田谷一家殺害事件」は2000年(平成12年)12月30日、世田谷区上祖師谷の民家で幼い子を含む一家4人が惨殺された事件です。
一家の主が1階の階段下で、妻と小学校2年の長女は階段の踊り場で、6歳の保育園児は子供部屋で首を絞められ殺害されました。
犯人は事件後も現場にとどまり、パソコンを操作したりアイスクリームを食べたりするなどおかしな行動をしていたことがわかっています。
犯人は殺害時に手をけがしたことで血液型が判明しています。
その他にも遺留品をたくさん現場に残すなど不可解なことをしていますが、いまだに犯人を特定できていません。
こちらも残虐な殺害方法から有名な平成平成三大未解決事件の一つと数えられています。
この事件には2,000万円の懸賞金がかけられています。
④ 1991年 カアイソウ、カアイソウ事件
「カアイソウ、カアイソウ事件」は1991年3月15日に起きた三重小2女児失踪事件のことです。
三重県の小2の女の子が学校から帰宅後、飲みかけのまだ温かいココアをテーブルに残した状態のまま突然失踪してしまいました。
目撃情報は多数寄せられましたが発見に至らず、事件から3年後に送り主不明の怪文書が家族に送られてきます。
その文書には、
と気味の悪い内容が書かれていますが、その意図は不明です。
この文書からこの事件は「カアイソウ、カアイソウ事件」とも呼ばれています。
⑤ 1994年 井の頭公園バラバラ殺人
「井の頭公園バラバラ殺人事件」は1994年4月23日に発覚したバラバラ殺人事件です。
三鷹市の井の頭公園のゴミ箱にポリ袋に入った人間の足首を女性清掃員が発見しました。
駆けつけた警察官が付近を捜査したところ27個に切断された手足・胴体の一部がゴミ箱から見つかりました。
この遺体は手足の指紋が削り取られ、同じ長さに切りそろえられ、血液も抜き取られるという奇妙な状態で発見されたのです。
後に、被害者は井の頭公園近くに住む男性と判明しました。
事件は犯人に結び付く情報や物証が乏しく、2009年4月23日に時効が成立しました。
⑥ 2008年 高知大学探検部地底湖行方不明事件
「高知大学探検部地底湖行方不明事件」は2008年1月5日に岡山県新見市にある日咩坂鐘乳穴(ひめさかかなちあな)最奥部の地底湖で遊泳中の大学生が行方不明になった事件です。
高知大学探検部では地底湖で飲み会を開くことが伝統行事になっていました。
その飲み会の行事で地底湖を泳ぎ反対側にタッチして戻ってくるという行事があったのです。
行方不明の大学生は着衣を着たまま泳いでいたと言う部員の証言もありました。
溺れたのであれば叫び声などをあげるはずですが、部員は誰も聞いていませんでした。
その後、警察に通報し捜索が行われましたが、発見されず捜索は打ち切りに。
当初、事故として扱われていましたが探検部の部長と副部長が行方不明者のSNSを削除するなど、おかしい行動をとっていました。
さらに、事故そのもの情報を消そうとしたことなどから周囲から不審がられ、結局真相がわからないまま、事件として取り扱われるようになったのです。
⑦ 2001年 歌舞伎町ビル火災事件
「歌舞伎町ビル火災事件」は2001年9月1日に起こった火災事件です。
歌舞伎町の雑居ビルから火災が起こりマージャン店や飲食店の従業員や客など44人が亡くなりました。
警視庁は何者かが火をつけたとみて捜索を続けていますが、未解決のままです。
この火災では防火扉の前に荷物が置かれるなどしたため、防火扉が閉まらず、多くの犠牲者を出してしまいました。
この事件を受けて消防法の罰則が強化されました。
今も事件のあった9月1日にビルの前に献花がされています。
⑧ 1969年 庄山仁くん行方不明事件
「庄山仁くん行方不明事件」は1969年の2月23日長崎県の佐世保市で起こった行方不明事件です。
2月23日の14時頃仁君は「デパートに工作の材料を買いに行く」と制服と正帽姿で出かけました。
仁君はそれっきり帰って来なかったのです。
その日の18時頃に面識のない男が仁君に46万円を奪われたと訪ねてきたのです。
男は仁君の制帽を持っており、それを頼りに訪ねてきました。
翌日24日に仁君の父親宛てに手紙が送付され筆跡鑑定の結果、仁君からの手紙でした。
手紙は金を盗んだことをわびるおかしい内容で、これ以降行仁君は行方不明のままです。
その後、警察は山狩りをするなどの大規模な捜索や、訪ねてきた男をウソ発見器にかけるなどをしましたが、証拠は一切出て来ませんでした。
⑨ 1992年 福島県原町市女性失踪事件
「福島県原町市女性失踪事件」は1992年2月19日に福島県原町市(現在の南相馬市原町区)起こった失踪事件です。
失踪した女性は当時21歳で婚約を理由に失踪当日、職場の歯科医院を退職しました。
会社を去った後そのまま行方不明になってしまったのです。
当日乗っていた車は近所のスーパーにあり、所持品はすべて車内に残されたままでした。
失踪した直前には職場に無言電話がかかってきたり、車にひぼう中傷する内容の落書きがあったりなどおかしいことも起こっていました。
失踪から11カ月後には本人を名乗る電話がありましたが、家族は失踪した女性の声ではないと断言しています。
警察は何らかの事件に巻き込まれた可能性が高いと考え捜査が引き続き行われましたが、何の進展もなく現在に至っています。
⑩ 1990年 石嵜容子さん失踪事件
「石嵜容子さん失踪事件」は1990年12月31日に起こった失踪事件です。
大みそかの17時頃友人と買い物に行くと言って自転車で容子さんは家を出ました。
その後友人と近くのスーパーで買い物をし、友人と別れた後から行方不明になってしまったのです。
乗っていた自転車は友人の家から自宅へ向かう川沿いの道路上で発見されています。
発見された自転車の周囲は畑に囲まれ、夜には真っ暗になってしまう場所でした。
石嵜容子さんはこの付近で何らかのトラブルに巻き込まれた可能性が高いと言われています。
失踪当時石嵜容子さんは所持金も持たず、服装も軽装であったため家出の可能性は低いと考えられました。
石嵜容子さんが失踪してから4日後の1991年1月3日に友人宅に石嵜容子さんを名乗る人物から
と謎の電話がかかってきましたが、その後は1度も連絡は来ていません。
この電話が石嵜容子さん本人によるものかは不明です。
石嵜容子さん失踪事件には北朝鮮による拉致説、犯罪組織による誘拐説などがありますが、現在も未解決のままです。
⑪ 2011年 大分県日出町主婦失踪事件
「大分県日出町主婦失踪事件」は2011年9月12日大分県日出町に住む主婦が失踪した事件です。
その日主婦は長女の通う学校から長女の歯が欠けたと連絡が入り、長女を学校に迎えにいき歯科医へ長女を連れていきました。
その後長女を学校に連れて行きましたが、朝から体調のすぐれなかった主婦は「家に帰って寝ている、終わったら連絡して」と長女に言い残して帰宅するのです。
長女が帰宅したときには、家に鍵がかかっておらず、主婦の姿はすでにありませんでした。
周囲は駆け落ちではないかと噂し、警察も事件性はないと判断しています。
夫はSNSで情報提供を求めていますが、いまだに行方はわかっていません。
失踪1カ月後大人の女性の声で「助けて」と自宅におかしい電話がかかってきましたが、失踪した主婦の声かどうかは不明です。
⑫ 1987年 西安義行さん失踪事件
「西安義行さん失踪事件」は1987年3月15日に京都府舞鶴周辺で起こった失踪事件です。
その日、西安さんは友人と2人で舞鶴方面へドライブに出かけました。
帰路西安さんは列車で帰ると言い、京都府綾部市のJR山陰本線綾部駅前で車から降りたのです。
1時間後西安さんから友人に電話で「着いたか?」という連絡があり、この電話以降西安さんは失踪してしまいました。
西安さんが失踪後、いくつかの不審な出来事があったのです。
失踪2カ月後の7月に自宅に電話があり、母親が出ると「僕、学校の横」と男の声がしました。
母親が「義行やろ?」と言うと電話が切れてしまったのです。
西安さんが失踪して6年後の3月、またおかしい電話がかかってきました。
小さな女の子の声で歌うから聞いてといって、ひな祭りの歌を歌い出しました。
母親が「義行の子か?」と尋ねると返答がなく電話は切れてしまったのです。
その他にも周辺でおかしい出来事がいくつか起こっていました。
現在も不明ですが、北朝鮮の拉致の可能性が高いと見られています。
⑬ 2007年 香川・坂出3人殺人事件
「香川・坂出3人殺人事件」は2007年11月16日香川県の坂出市で起こった殺人事件です。
女性とその女性の孫の幼児2人が殺され、死体を遺棄された事件です。
警察は自宅の室内が荒らされておらず、金品も残されていて、悲鳴なども聞こえていなかったことから顔見知りの犯行として捜査。
当初、この事件は失踪事件として報じられていました。
日がたつにつれ、テレビや雑誌などのマスコミでは父親が怪しいのではないか、と言った論調が目立つようになってきたのです。
あげくの果てネットでは父親の実名がさらされる事態にまでなったのです。
ですが、逮捕されたのは殺された女性の義理の弟でした。
犯行の理由は怨恨(えんこん)でした。
父親は実の母親と子どもを殺害された上に犯人扱いまでされ、深く傷ついたと後にコメントをしています。
現在でもネット上にはひぼう中傷がささやかれていますが、このような事件があったことを忘れてはなりません。
⑭ 2019年 和菓子店娘殺人事件
「和菓子店娘殺人事件」は2019年の7月東京の荒川で起きた殺人事件です。
和菓子店の店主が義理の娘を殺害し、自身も自殺してしまった事件です。
殺害された娘の遺体は和菓子店の冷蔵庫の中でした。
犯人は父親と見られていて、犯行現場の和菓子店から30キロ離れた河川敷で首をつって自殺しているのを発見されました。
事件当日、被害者の娘の弟が、父が自殺しようとしていると110番通報をし警察が駆け付けて店内を調べると冷蔵庫から被害者の義理の娘が絞殺された遺体を発見しました。
犯人の父親は「娘を切った、死にたい」と電話で話していたと言います。
和菓子店の店内からは「二人で死のう」と書かれた父親の筆跡のメモが発見されています。
しかし、犯人の父親が自殺してしまっているので、動機は解明されていません。
犯人がわかっている未解決事件の一つです。
⑮ 2021年 和歌山母子転落死事件
「和歌山母子転落死事件」は2021年6月9日に起きた事件です。
6月9日関西空港近くの海上に母親と娘が浮いており、死亡が確認されました。
関西国際空港連絡橋から飛び降りたものと見られます。
橋から飛び降りる2時間ほど前には16歳長女が自宅で心肺停止の状態で発見され、その後死亡が確認されました。
長女は虐待を受けていたようです。
さらには、同居していた男性も自殺未遂を起こしていました。
この母子は「和歌山カレー事件」林眞須美死刑囚の長女と孫でした。
死亡した3人と「和歌山カレー事件」との因果関係は不明です。
⑯ 1979年 長岡京ワラビ採り殺人事件
「長岡京ワラビ採り殺人事件」は1979年5月23日に長岡京の山中で起こった殺人事件です。
当日、パート仲間だった明石さん(43)と水野さん(32)は仕事終わりに山菜取りに出かけました。
2人が山に入る姿が目撃されていますがそれが最後の姿でした。
夜になって水野さんの夫が、翌24日には明石さんの夫も加わって捜索をしましたが発見されず、警察に捜索願を提出。
警察は翌25日に山頂の雑木林附近に明石さんを、そこから少し離れたところで水野さんの遺体を発見しました。
明石さんは全身を殴打されろっ骨が折れ内臓も損傷しており、直接の死因は絞殺。
水野さんも全身を殴打され包丁が胸に突き刺さったままの状態で発見され、死因は刺殺。
惨殺の様相を呈していました。
犯人の血液型はO型と分かりましたが、物的証拠もなく1994年5月24日に時効が成立してしまいました。
遺体のポケットに謎のメモ
と書かれたものが残されるなど謎が多い未解決事件です。
⑰ 2001年 室蘭女子高生失踪事件
「室蘭女子高生失踪事件」は2001年3月6日に起こった失踪事件です。
室蘭市の女子高生千田麻未(16)さんが失踪した未解決事件です。
3月6日午後アルバイト先のパン屋でコーヒーのいれ方の講習のために家を出ましたが、店舗の最寄りのバス停で降車した後、足取りが途絶えます。
千田麻未さんの足取りはどうだった?
千田麻未さんのこの日の足取りは次のようなものでした。
講習会が行われるパン屋の本店へ向かうため、12時25分のバスに乗車。
しかしパン屋本店近くのバス停では降りず、室蘭サティまで行っています。
そこで同級生2人と出会い、あいさつを交わしましたがこれが最後の目撃情報となってしまいました。
その後1時31分のバスに乗りパン屋の本店へ向かったと思われます。
午後1時42分ごろ交際中のA君に「着いたと」PHSで報告。
4分後にA君と再度電話をしますが「今話せないから、後で電話する」と連絡しましたが、結局パン屋の本店には姿を現すことはありませんでした。
千田さんの無事が確認できたのはここまでです。
千田さんのその後は?
家に帰って来ない千田さんを心配して、両親が3月7日の午前1時過ぎに警察に失踪届を提出し、警察は捜索を開始。
最初に疑われたのはパン屋のオーナー。
千田さんに気があったようで、周囲もオーナーを怪しんでいました。
警察はオーナーを容疑者と見て任意の取り調べや所有する車を調べましたが、千田さんに結び付くものは出て来ませんでした。
千田さん失踪事件後パン屋の営業は立ち行かなくなり、閉業し、ビルを取り壊すことに。
その際も警察はビルの基礎部分を取り壊すなどをして調べていましたが、何も発見できませんでした。
いまだに有力な手がかりは発見できていない未解決事件です。
⑱ 1975~1989年 佐賀女性7人連続殺人事件
「佐賀女性7人連続殺人事件」は1975年~1989年にかけて7人の女性が絞殺された未解決事件です。
殺された7人のうち6人が水曜日に失踪して殺害されていることから「水曜日の絞殺魔事件」とも呼ばれています。
また、最後の3件が北方町の同一場所から発見されているので「北方事件」とも呼ばれています。
1件目から4件目までは時効が成立。
4件目から7件目は被疑者が起訴されましたが無罪判決が出ており、結果7件すべてが未解決となっています。
なお、「北方事件」では佐賀県警のずさんな捜査が裁判で指摘されています。
⑲ 1995年 京都主婦首なし殺人事件
「京都主婦首なし殺人事件」は1995年4月29日京都府船井郡で起こった殺人事件です。
4月29日京都府船井郡の山中で女性の遺体を発見。
その遺体は頭部と両手がなく、血抜きもされていて発見した男性はマネキンのようだったと話していました。
その後、殺害された女性は兵庫県三田市にある病院の看護師と判明したのです。
警察は殺害された女性と10年以上もの不倫関係にあった男性を逮捕。
しかし、自供と決定的な証拠が得られず、男性は釈放されました。
今でも殺害された女性の頭部と両手は発見されていない未解決事件です。
⑳ 2008年 岩手17歳女性殺人事件
「岩手17歳女性殺人事件」は2008年7月1日に起こった殺人事件です。
7月1日、岩手県川井村で17歳女性の遺体が発見されました。
首を絞め橋から突き落とし殺したものと見られています。
警察は事件後行方をくらました小原勝幸(当時28歳)を犯人と断定し、全国に指名手配しました。(現在も指名手配中)
被害者の女性は小原の交際相手の親友で2人は同姓同名でした。
遺体発見の7月1日の午後9時ごろ小原は自動車事故を起こしています。
翌日、親戚の男性に鵜の巣断崖まで連れて行ってもらい、そこで車を降りました。
小原は自身の弟と交際相手に自殺をほのめかすメールを送り、この時を最後に行方は分っていません。
断崖には財布・サンダル・免許証が残されていて飛び降り自殺をしたように見えましたが、警察は擬装と断定し、小原を全国指名手配にしました。
この不可解な事件を元警察官だったジャーナリストの黒木昭雄さんが取材をしていました。
黒木さんは事件当時小原が手をけがし殺害することはできなかったと言う医者の証言を取材しています。
併せて、小原は被害者を殺害する動機もないことなどを発表しましたが、警察は動きませんでした。
その後黒木さんはこの事件の影響からうつ病を発症し自殺を遂げています。
この事件も真実がどこにあるのかわかっていない、犯人がわかっている未解決事件の一つだと言えます。
㉑ 2001年 日本平山頂死体遺棄事件
「日本平山頂死体遺棄事件」は2001年5月16日に起こった殺人事件です。
静岡県の日本平山頂付近でビニール袋に入れられた男性の頭部が発見されました。
警察のDNA鑑定により2001年の2月ころより連絡のつかなくなっていた武井高弘さん(30)と判明。
武井さんの頭部は一部ミイラ化した状態で発見されました。
武井さんは失踪するまで名古屋市の熱田区に住む女性と交際していました。
2月下旬まではこの女性と武井さんが一緒にいるところが目撃されています。
武井さんの殺害にはこの女性が関与しているか、武井さんとこの女性が事件に巻き込まれた可能性があると見られています。
武井さんの遺体は頭部以外は現在も発見されず、未解決のままで現在も捜査は続いています。
㉒ 1999年 名古屋市西区主婦殺害事件
「名古屋市主婦殺害事件」は1999年11月13日に起きた殺人事件です。
11月13日の午後2時半ごろ名古屋市西区のアパートに住むアパートの大家が首を刃物で刺されて死亡している主婦を発見しました。
犯行は当時2歳だった長男の目の前で行われたのです。
死体発見までの動きをみてみましょう。
・午前中近所の住民が被害者宅で人が争っているような物音を聞く
・午前11時頃長男とともに近所の病院に出かける
・正午頃から13時までの間近所の住民が被害者宅でタンスを動かすような大きな物音がした後階段を駆け下りる音を聞く
・午後0時半から午後14時頃友人が3度被害者宅に電話するも応答なし
・14時頃大家が被害者宅に柿を持っていくと首から血を流して倒れている被害者を発見
以上の流れから警察は正午から13時頃を犯行時刻と見ています。
現場には血痕と靴跡が残されており、DNA鑑定などから犯人は40~55歳くらいまでの女性で、血液型はB型で韓国製の24㎝の靴を履いていたことがわかっています。
逃走中に目撃情報もあるのですが犯人の手がかりはありません。
警察は夫婦の周辺を徹底的に調べましたが不審な人物は出て来ませんでした。
この事件には300万円の報奨金がついていますが現在のところ何もわかっていない未解決事件です。
㉓ 1988年 名古屋妊婦切り裂き殺人事件
「名古屋妊婦切り裂き殺人事件」は1988年3月18日に起こった猟奇殺人事件です。
被害者は名古屋市中川区に住む結婚3年目の主婦で臨月の主婦でした。
午後7時40分頃仕事から帰宅した夫は玄関に施錠もされず、部屋の電気もついていないことでおかしい状態であることを感じていました。
居間の方から赤ん坊の泣き声が聞こえるので不思議に思い照明をつけるとおぞましい光景が広がっていたのです。血の海で、そこに変わり果てた妻の姿がありました。
恐ろしいことに主婦のおなかが切り裂かれていたのです。
赤ん坊は、適切な処置のおかげで一命をとりとめました。
この事件の犯人は極めて猟奇性の高い変質者ではないかと注目されています。
現場近くで不審な男の目撃情報がありましたが、現在も犯人の特定には至っていない未解決事件です。
㉔ 2008年 舞鶴高1女子殺害事件
「舞鶴高1女子殺害事件」は2008年の5月京都府舞鶴市で起こった高1の女性が殺害された事件です。
女子高生の遺体発見までの足取りを追います。
- 2008年5月6日午後10時過ぎに女子高生が自宅から外出
- 2008年5月7日深夜0時50分ごろ友人と携帯で電話
その後東京に住んでいる兄にメール 以降消息を絶つ - 家族が捜索願を提出
- 2008年5月8日警察が雑木林で女子高生の遺体を発見
バールのようなもので頭や顔を殴り殺害、遺体は性別さえも分からないほど悲惨な状態だったと言われています。
警察は女子高生の交友関係や、携帯電話の通話記録やメールなどを調査しましたが殺害に結び付くようなものはありませんでした。
警察は防犯カメラから深夜女子高生と歩いていたと思われる男を逮捕。
しかし状況証拠だけで、直接結びつくものはありませんでした。
裁判結果は無罪。
無罪になった男は別の罪で服役していたとき、この殺害を吹聴していましたが、獄中で病死しました。
結局真相がわからぬままになってしまった未解決事件です。
㉕ 2009年 板橋資産家殺人事件
「板橋資産家殺人事件」は2009年の5月25日、東京都板橋区に住む資産家夫婦が殺害され、家に放火された放火殺人事件です。
2009年の5月25日深夜、資産家夫婦が住む自宅から出火し、家は全焼。
現場からここに住む夫婦が遺体で発見されました。
遺体には頭を鈍器のようなものでしつように殴った跡や、刃物で胸や腹部を刺したことがわかるものでした。
夫婦は板橋区では有名な資産家でしたが、近所との付き合いはあまりなかったようです。
資産家の家は施錠がされ赤外線センサーなども備えていたことから、犯人は家の事情に詳しい人物だと思われました。
しかし、この事件も現在に至るまで真相がわからぬまま未解決になっています。
㉖ 2015年 福生顔面皮剥ぎ変死事件
「福生顔面皮剝ぎ変死事件」20015年11月12日福生にある自宅のアパートで被害者が顔面の皮を剝がされ殺害された事件です。
第一発見者は同居人で、頭を青いビニールに包まれた状態で発見されました。
被害者は元女性で性転換後男性に、同居人は女装していて2人は養子縁組をしていましたが関係はあまり良くなかったようです。
同居人からは「起きたら死んでいた」「自殺をほのめかすメールが来た」などの証言があったようです。
しかし、この事件は死因が特定できず、剝がされた皮膚も凶器の特定もできていません。
現在も未解決のままです。
㉗ 2009年 島根女子大生バラバラ殺人事件
「島根女子大生バラバラ殺人事件」は2009年島根の女子大生が体をバラバラにされ殺害された事件です。
殺害された女子大生の遺体は、まず頭部が広島県と島根県の県境にある臥竜山の山頂付近で発見されました。
次に大腿骨の一部、両手足のない胴体、爪が発見されています。
被害者は遺体の鑑定結果から島根の女子大生が特定されました。
被害者はアルバイトの帰宅途中に失踪し両親から捜索願が出され、警察が公開捜査を行っていたところ遺体が発見されたのです。
警察は被害者にストーカー行為をしていた男性や、その乗っていた車などを捜査しましたが、真相はわかっていません。
この事件も未解決のままです。
㉘ 2015年 中野美人劇団員殺人事件
「中野美人劇団員殺人事件」は2015年8月25日に劇団に所属する女性が中野区弥生町の自宅マンションで通り魔的に殺害された事件です。
殺害された部屋は外から施錠され密室状態でした。
遺体は玄関から少し入ったところで全裸で仰向けに倒れ、顔にはタオルがかけられていました。
死因は窒息死で、首にはひも状の物の跡があったのです。
当初警察は殺害された女性の知り合いに絞って捜査を行っていました。
その中でも女性が殺害される1カ月ほど前に交際していた劇団員とのトラブルに注目していました。
警察は殺害は男女のトラブルによるえんこんの可能性もあると見てこの男性をマークしていたのです。
ですが、被害女性から採取されたDNAの照合はシロ、アリバイもありました。
この他にも元カレ・被害者マンションの階下の住人・劇団のメンバー・アルバイト先の同僚などを次々と捜査しましたがいずれもシロ。
警察はしだいにあせりを感じ始めていました。
新しい情報などがないことから警察は捜査範囲を被害者宅近辺で事件後転居した人物などにも捜査を拡げていったのです。
警察は被害者のマンションからほど近いマンションに住んでいて、事件後福島の実家に戻っていた男を見つけました。
警察は任意でDNAの提供を受け、照合の結果逮捕に、逮捕は事件発生の翌年2016年の3月でした。
逮捕された男は偶然被害女性を見かけ、後を付けるなどのストーカー行為をしていたようです。
事件の日に犯人は被害女性にマンションの入口で声をかけ、それに驚いて女性は部屋の中に入ろうとしました。
犯人の男はそれを追って部屋の中に入ったところ、被害女性が騒いだので口をふさぎ、首を絞めて絞殺に及んだのです。
㉙ 1989年 福島女性教員宅便槽内怪死事件
「福島女性教員宅便槽内怪死事件」は1989年2月28日に福島県の教員であった女性の自宅の便槽から男性の遺体が発見された事件です。
遺体は真冬にもかかわらず上半身裸で、セーターを胸に抱えた状態で発見されました。
死因は「凍え兼胸部循環障害」で、狭い便槽で胸を圧迫され凍死してしまったとのことです。
自分で便槽に入ったのか、誰かに押し込められたのか真相は不明のまま。
警察は事故としていますが、誰かに押し込められた殺人としても時効が成立している未解決事件です。
㉚ 2008年 琵琶湖バラバラ殺人事件
「2008年琵琶湖バラバラ殺人事件」は2008年5月17日滋賀県近江八幡市の琵琶湖でバラバラの遺体が発見された殺人事件です。
遺体の第一発見者は釣り人でした。
釣りをしていたところ男性の左足を発見し、警察に通報。
その後、頭部・左足首・両手首が発見され、DNA鑑定がなされ同一の人物と判明しました。
死因は首を絞められた窒息死と判明されています。
被害者の身元が分からず似顔絵の公開や報奨金がかけられましたが、身元が判明するまで10年もかかってしまいました。
被害者は野洲市の男性(当時39歳)と判明しました。
警察は別の遺体切断事件で起訴された男と被害者が面識があったため何らかの事情を知っているのではないかと、捜査を進めています。
㉛ 2007年 京都精華大学生通り魔殺人事件
「京都精華大学生通り魔殺人事件」は2007年1月15日に京都府左京区で精華大学1年生の男性が殺害された事件です。
被害者は同日の午後7時50分ごろ大学から帰宅途中に何者かに刃物で襲われ殺害されました。
事件現場を通りかかった人が倒れている大学生を発見し警察に通報。
駆けつけた警察官にまだ息のあった大学生は「面識のない人に刺された」と証言。
その後、病院に運ばれましたが間もなく死亡しました。
通り魔的犯行で、警察では特別報奨金制度を適用し情報を追っていますが未解決のままです。
㉜ 2008年 豊田市女子高生殺害事件
「豊田市女子高校生殺害事件」は2008年5月2日に豊田市の女子高生が殺害された事件です。
被害者の女子高生が帰宅途中に何者かに襲われ殺害され、所持品を奪われた強盗殺人事件です。
死因は窒息死。
殺害の現場には被害者が激しく争った跡があり、通学用カバンと財布が奪われていました。
通学用カバンは殺害現場から15キロ離れた場所から見つかりましたが、青のジャージがなくなっていました。
警察では特別報奨金制度を適用し、情報を求めていますが未だ未解決のままです。
㉝ 2003年 五霞町女子高生殺害事件
「五霞町女子高生殺害事件」は東京都足立区在住の女子高生が2003年7月に行方不明後、遺体で発見された殺人事件です。
2003年7月9日茨城県の五霞町を散歩中の人が道路脇の用水路で若い女性が死んでいるのを発見しました。
死因は窒息死でした。
女子高生は7月6日に「午後8時過ぎに帰って来る」と家族に言い残し出かけました。
その後アルバイト先の同僚と埼玉県草加市内で買い物や食事をし、近くで行われていた夏祭りに。
祭りの露店でアルバイトをしていた男性と仲良くなり露店を手伝っていました。
9時過ぎに女子高生の携帯電話に電話がかかってきてその場を離れて以降、足取りがつかめていません。
遺体発見時にはいていた白い靴下が汚れていないことから、どこからか運ばれて遺棄されたのではないかと見られています。
この事件も未解決のままで、警察では特別報奨金制度を適用し、情報提供を呼びかけています。
㉞ 2006年 堺市母娘殺傷事件
「堺市母娘殺傷事件」は2006年1月10日大阪府堺市の民家で母娘が殺傷された事件です。
2006年1月10日の午後2時頃、玄関のベルが鳴り対応した母親が面識のない男にいきなり切りつけられ死亡しました。
家にいた次女もトイレから出たところを切りつけられ重傷を負いました。
現場には凶器とみられる血の付いた包丁と、犯人がはいていたとみられる短パンが残されていたのです。
警察は怨恨と通り魔の両面から捜査していますが、進展はありません。
警察はこの事件も特別報奨金制度を適用し情報提供を求めていますが、未解決のままです。
㉟ 2004年 愛知豊明母子4人殺人放火事件
「愛知豊明母子4人殺人放火事件」は2004年9月9日に愛知県豊明市の母子4人が殺害され、家も放火された事件です。
9月9日の4時25分ごろに119番通報があり消防署が駆け付け、焼け跡から一家4人の遺体が発見されました。
遺体にはそれぞれ損傷があり、母親と長女はサバイバルナイフで、長男と次男はバールのようなもので殺害されていました。
その日父親は夜通し会社で作業していて家にはいませんでした。
犯人の侵入経路は不明です。
附近にはいくつか不審者の情報がありますが、こちらも未解決事件の一つです。
㊱ 2000年 茨城少年リンチ殺人事件
「茨城少年リンチ殺人事件」2000年5月4日茨城県牛久市で起こった強盗殺人事件です。
2000年5月4日の深夜午前0時30分頃殺害された被害者の男性と交際相手の女性がスーパーでジュースを買っていたところ、いきなり4人組の男に襲われ非常階段に連れ込まれました。
交際相手の女性は拘束され、被害男性は30分にわたり暴行を受け続けたのです。
被害男性の死因は脳挫傷で、首から下は傷がなかったそうです。
交際相手の女性の証言から似顔絵が作成されましたが、犯人の4人が未成年の可能性があるためポスターやチラシは制作されませんでした。
その後、動画なども公開されましたが、犯人に結び付く情報はありません。
こちらも未解決事件の一つです。
㊲ 2021年 熊本市南区元城南町議殺人事件
「熊本市南区元城南町議殺人事件」は2021年5月24日未明に起こった殺人事件です。
被害者は元城南町議員で、24日の早朝、自宅の寝室でうつぶせになり殺害されているのを妻が発見しました。
死因は窒息死で、鼻と口には粘着テープが、両手足はひもで縛られ殺害されています。
敷地内の別の建物にあった金庫がなくなっていて、寝室のタンスも物色された跡がありました。
現場からは複数の足跡があり、警察は複数犯による強盗殺人として捜査しています。
逃走に使ったとみられる被害者の軽トラックが現場から4キロ離れた路上で発見されましたが、有力な情報は得られていません。
事件から3年が経ち未解決のままと思われましたが、2024年6月に男2人が逮捕されました。
公判に影響が出るため警察や熊本地検も供述や認否を明らかにしていません。
今後進展があることを願います。
㊳ 2021年 茨城県東海村兄弟殺害事件
「茨城県東海村兄弟殺害事件」は2021年4月18日に茨城県東海村で起こった殺人事件です。
4月18日午後8時20分頃、同じ村に住む親せきから「弟が兄を刺した」と110番通報がありました。
警察が駆け付けたところ、リビングで被害者の兄が首などを数カ所刺され死亡しているのを発見。
弟は兄と口論になり、カッとして兄を殺害しその場から逃走しました。
犯行後、コンビニに立ち寄り飲み物などを購入し乗ってきた乗用車を図書館近くに乗り捨て徒歩で逃走。
逃走後、警察は弟を公開手配しました。
しかし、その後弟の行方はわかっていません。
これも犯人がわかっている未解決事件の一つです。
㊴ 2022年 群馬県伊勢崎市高齢男性殺害事件
「群馬県伊勢崎市高齢男性殺害事件」は2022年9月21日群馬県伊勢崎市に住む高齢男性が殺害された事件です。
群馬県伊勢崎市大正寺町の家で一人暮らしをしていた90歳になる高齢の男性が血を流して倒れているところを発見されました。
死因は外傷性ショックで、鈍器のようなもので殴られ頭部は骨折していて、顔や頭に打撃を受けた跡もありました。
殺害された高齢者は親族に「隣の建物に不審者が侵入している。不審な男が家の周りをウロウロしている」などと話していたそうです。
警察は周辺の防犯カメラの分析などをしていますが、犯人の特定には至っていない未解決事件です。
㊵ 2022年 愛知県犬山市母子殺害事件
「愛知県犬山市母子殺害事件」は愛知県犬山市で2022年8月9日に小学生の兄弟とその母親が殺害された事件です。
8月9日犬山市の山中で崖から落ちそうになっていた車から子ども2人の遺体が、子どもたちの母親が自宅で何者かに殺害されているのが発見されました。
事件後、何らかの事情を知っているとみられる同居していた父親の消息が行方不明になったのです。
警察は父親の行方が分からないことから、事件に関りがあると見て行方を捜索。
自宅からは父親が書いたとみられる遺書らしきものが見つかっていました。
8月13日に親族に連れられ父親が警察に出頭。
警察の取り調べに、口論の末、カッとなって殺したと容疑を認め逮捕されました。
㊶ 2022年 別府市大学生2人死傷ひき逃げ事件
「別府市大学生2人死傷ひき逃げ事件」は2022年6月29日に別府市で起こったひき逃げ死傷事件です。
6月29日午後7時45分頃交差点で信号待ちをしていた2台のバイクに軽乗用車が追突し、逃走しました。
被害に遭ったのは別府市の大学に通う大学生です。
一人は死亡、もう一人は軽傷を負うという大事故でした。
事故を起こしたのは別府市に住む会社員の男「八田 與一」で、70キロ以上のスピードで走行し、ブレーキも踏まず故意にバイクに突っ込みそのまま逃走したと見られています。
逃げた男と死亡した大学生は事故の前に何かトラブルがあったようでした。
警察はすぐにこの男が逃走している様子が映っている防犯カメラの映像を公開しました。
この男は過去に有罪判決を受け執行猶予中の身で、刑の執行を免れるために逃走したものと見られています。
警察は「八田 與一」を追跡していますが、行方が分からず現在も逃走したままで捕まっていません。
この事件は犯人がわかっている未解決事件です。
「八田 與一」については下記記事でも詳しくまとめています。
㊷ 2022年 東村山市一家4人放火殺人事件
「東村山一家4人放火殺人事件」は2022年5月9日に起こった放火殺人事件です。
2022年5月9日午前3時15分ごろ東村山市の民家から火が出ていると110番通報がありました。
焼跡からこの家に住む夫婦と長男、次男が病院に運ばれましたが全員が死亡していました。
火災から2週間後、焼失した家からこの家の三男が毛布にくるまれ、死後1年以上たった「屍蝋化(しろうか)」した状態で発見されたのです。
三男の死因は生前断食をした衰弱死の可能性が高いと見られていますが、他殺の可能性も否定しきれないものでした。
警察はこの事件を死亡した4人の誰かが放火し家族を殺害した容疑者不詳のまま書類送検。
死亡した状態で見つかった三男に関しては死因が不明でしたが、他殺の可能性も否定できないことから容疑者不詳の殺人事件として書類送検し、捜査を終了しました。
㊸ 2022年 鹿児島県鹿屋市高齢女性殺害事件
「鹿児島県鹿屋市高齢女性殺害事件」は2022年4月13日に起こった殺人・死体遺棄事件です。
2022年4月13日の午後4時ごろ鹿屋市永小原町(ながおばるちょう)在住の高齢女性が自宅近くの急斜面で遺体で発見されました。
この女性の家族が高齢女性と連絡が取れなくなっていたことから警察が行方を探していたのです。
高齢女性の死因は外傷性ショックで、複数の殴られた痕跡がありました。
凶器も使用された可能性があり、斜面から突き落とされたことも考えられました。
女性の住む自宅は鹿屋市内から離れた山間部で7世帯しかない場所です。
近所の人の話ではこの高齢女性は人柄が優しく、トラブルに巻き込まれたりするような人ではないと言っていました。
警察は1万人を投入して捜索していますが、現在も犯人の逮捕に至っていない未解決事件です。
㊹ 2022年 埼玉県白岡市中3男子傷害致死事件
「埼玉県白岡市中3男子傷害致死事件」は2022年1月15日に起こった傷害致死事件です。
2022年の1月15日の午前4時50分ごろ白岡市の自宅でこの家に住む中学三年生の男子生徒が意識不明の状態で母親が発見し、病院へ搬送されましたが死亡が確認されました。
男子生徒の死因は急性硬膜下血腫で、その他にも顔・手・足にも傷があり、ろっ骨・腕も骨折していたそうです。
警察は傷害致死容疑で捜査を開始しました。
男子中学生は数年前に転居し、周囲との交流はあまりなかったそうです。
7人兄弟で学校にもあまり行かず、深夜に騒いで近所から通報され警察がたびたび来ていました。
この事件の真相は不明で、未解決のままです。
㊺ 2022年 日光市身元不明男性バラバラ殺人事件
「日光市身元不明男性バラバラ殺人事件」は2022年1月19日に起こった殺人・死体遺棄事件です。
2022年1月19日午前10時45分ごろ住人から元ゴルフ場の近くにスーツケースが捨てられているとの通報が警察にありました。
警察がスーツケースを調べたところ中から頭部・両腕・下半身がない胴体だけの遺体を発見、近くにあったスポーツバッグの中からはへそ下から膝上の下半身が発見されました。
さらに現場周辺ではノコギリなどの刃物も発見されたのです。
殺害された男性の身元は不明で、DNA鑑定の結果白血病による骨髄移植を受けた可能性があり、日本を含む東アジアに多いDNA型と判明しました。
警察は延べ2万人を投入し捜査を続けていますが、殺害された男性の身元は特定できていません。
そもそも未解決事件とは?
そもそも未解決事件とはどう言ったケースをさすのでしょうか?
おもに刑事事件で犯人が逮捕、または事件が判明・発覚することなどが一切できていない事を言います。
その他にも事件で犯人が逃走したままや、犯人がわかっていながら死んでしまったなどの犯人がわかっている未解決事件もありました。
捜査が難航して行き詰ったり、時効が成立して事件そのものが未解決になってしまった事件は「迷宮入り」と言われています。
英語では「コールドケース」とも言われています。
未解決事件の早期解決を願う
日本で起きる未解決事件は一説には起きた事件の3%ほどが未解決だとも言われています。
日本の未解決事件を減らすために2007年から実施されている懸賞広告や、2010年には1995年4月27日以降に発生した殺人などの時効も廃止されています。
さらには、2010年に日本の未解決事件の捜査専従班を警視庁と各道府県警察に設置する方針も決めました。
DNA鑑定などの科学の進歩により以前に比べれば未解決事件は減っているようですが、それでもまだ未解決事件は無くなりません。
1件でも多くの未解決事件が解決することを祈らずにはいられません。