テレサ・テンの死因は他殺説の真相がヤバい!?実は生きていると言われている?

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アジアの歌姫と呼ばれた台湾出身の歌手、テレサ・テンさん。

中華圏を中心とするアジアで圧倒的な人気を誇り、日本でも数々の活躍を見せてくれました。

そんなテレサ・テンさんですが、42歳という若さで亡くなっているのです。

今回は死亡した真相や、死因と考えられている4つのことについて解説します。

【画像あり】テレサ・テンの死因は気管支喘息!?

テレサ・テンさんの死因については多くの説が浮上しているようです。

さらには”偽造死説”まで浮上しており、生きているという噂まで流れました。

しかし、テレサ・テンさんは気管支喘息で亡くなったことが判明しています。

テレサ・テンの死因は喘息で確定?

テレサ・テンさんは1989年にフランスへ移住後、喘息の症状が悪化してしまいました。

そして1995年5月8日、気管支喘息の発作が原因で亡くなっています。

救急車で運ばれましたが道が混んでおり、病院に到着した時には既に亡くなっていたようです。

テレサ・テンさんの日本での活動は、1994年の「歌謡チャリティーコンサート」でした。

テレサ・テンは国葬!?

テレサ・テンさんの葬儀は地元台湾で国葬が行われました

人気の高さを物語るように世界各国からファンが訪れ、その数はおよそ3万人にも上ります。

没後50年は生前の姿が維持されるエンバーミングが施され、火葬ではなく土葬されました

喘息に関しては生まれついてのものだったと言われています。

しかし、仕事関係者からは喘息の症状は1度も見たことがないとも言われており、疑問が残るようです。

テレサ・テンの死因は別の影響だった!?噂される死因4選!

42歳という若さで急死したテレサ・テンさん。

彼女の死因をめぐってはさまざまな憶測が飛び交いました

暗殺説、エイズ説、薬物説、持病説、この疑惑の4説について調べていきます。

死因①実はスパイで暗殺された?

テレサ・テンさんの死因についてさまざまな憶測が飛び交う中、最も噂されたのが暗殺説と言われています。

1989年、中国国内で頻発していた民主化要求デモ。

テレサ・テンさんは民主化支援コンサートに参加していました

台湾国民党が反共産党宣伝の広告塔としてテレサ・テンさんの立場を利用しており、中華人民共和国の統治区域に向かって、隣接する金門島からテレサ・テンさんの音楽を大音量で流すなどの抗議活動を行っていたこともあり、台湾国民党のスパイとして対中工作を行っていたのでは?と疑いがもたれたのだとか

歌手として世界各国を飛び回っていたテレサ・テンさんだけに、台湾に他国の軍事事情を提供していたのでは⁉という噂も…。

さらには、テレサ・テンさんは、台湾語や北京語、広東語、さらには日本語や英語、フランス語、マレー語と言語能力に優れており、これは特殊諜報員として特別な訓練を受けたに違いないのでは⁉とスパイ説が浮上したともいわれています。

彼女の言語能力や適応能力の高さは世界各国に多大な影響力を与えていたのは事実であり、そしてこのような政治的背景が組み合わさり、このような噂がたったのでしょう。

いずれにしても確固たる証拠があるわけではありません。

死因②エイズだった?

テレサ・テンさんの死因について、台湾の「民生報」や香港の「電視日報」が、「愛滋秒(エイズ)」ではないか⁉と報じたことで注目を集めました。

彼女にエイズの噂が出たのは今回が初めてではないといいます。

その理由は、香港の女性映画監督と同性愛関係であったと報じられており、テレサ・テンさんはこの疑惑において肯定も否定もしなかったことから、エイズなのでは⁉という噂がたびたび浮上していたようです。

また、テレサ・テンさんは急死ということで、タイ当局が司法解剖を求めたにもかかわらず、親族がその要求を拒否しており、このことがエイズ疑惑に拍車をかけたともいわれています。

死因③薬物を使用していた?

テレサ・テンさんの死因疑惑の一つとして「薬物・麻薬」の可能性が挙げられました。

テレサ・テンさんの家政婦によると彼は「優しく、とても気の利く人」という印象を抱いていたようですが、悪い噂もあります。

彼は乱暴で、全身に入墨があるなどといった噂もあったのです。

彼女の死因の一つとして疑われた「薬物・麻薬」ですが、それは彼の行動にあるといわれています。

彼女が最期に過ごしたホテルに彼も一緒に滞在していたのですが、彼はこの宿泊先の近くにある屋台に足繫く通っていたことが目撃されています。

この屋台は外国人観光客が多く利用しているようで、その外国人たちが購入していたものはタバコのようなものだったと確認されています。

のちの調査で、この屋台は麻薬組織の末端ルートにあたり、外国人をターゲットにして麻薬を売っていたのだとか。

また、ホテルのルームボーイが、「テレサ・テンさんの部屋から異様な臭いを感じた」と証言したことによりこのような疑惑が浮かび上がったのです。

恋人のステファン・ピエール氏が麻薬常習者である疑惑が浮上しますし、そうなると一緒に過ごしていたテレサ・テンさんもそれを容認、さらには一生に薬物を使用していたのでは⁉という噂が立っても不思議ではないのかもしれません。

死因④喘息だった?

テレサ・テンさんの兄、フランク・テン氏によると、テレサ・テンさんは9歳頃から喘息を患っており、テレサ・テンさんの死因は「喘息による発作」であると断言しました。

また、救急搬送されたラム病院の彼女の担当医であるスメット・ハンタクン氏は、死因を「気管支喘息」と断定しています。

テレサ・テンは死去半年前から具合が悪かった?

テレサ・テンさんは亡くなる半年前の1994年12月にも激しい喘息の発作が起き、一時は危篤状態にまで陥ったとか。

このときにはすぐに危篤状態から脱したようですが、1995年に入っても咳の症状が残っていたといいます。

チェンマイにはこの喘息の静養を兼ねての滞在だったといわれています。

テレサ・テンの衝撃の死亡写真とは?

この写真は検死台に乗せられたテレサ・テンさんのご遺体です。

タイ人と思わしき男性が写っているので、タイで亡くなったときに撮られた写真といわれています。

こちらは棺の中のテレサ・テンさんの死顔

生前の美しさを感じさせます。

もう目を開くことが無いと思うと本当に悲痛の思いを抱かざるおえません。

テレサ・テンは高級ホテルで死亡した?

上記の写真が、テレサ・テンさんと恋人のステファン・ピエール氏が滞在していたといわれている「ザ・インペリアルメーピン ホテル」です。

ここの15階(最上階)スイートルームで過ごしていたといわれています。

1泊1200ドル、当時の日本円で約10万2000円ほどといわれており高級なお部屋といえます。

このお部屋に約1か月滞在していたといわれており、かなり高額な費用となります。

このホテルに滞在したのは、持病である喘息の療養をかねてのことでした。

それは恋人のステファン・ピエール氏と「どこか空気の良いところで保養しよう」と話し、以前よりテレサ・テンさんが愛していたというチェンマイへ足を運んだようです。

お2人が滞在していた1502号のお部屋の写真がありました!

ゴージャスな雰囲気を感じさせてくれながらも、ゆったりとくつろげそうなお部屋ですね。

テレサ・テンさんは、喘息の療養で外出することなくほとんどこのお部屋で過ごしていたようです。

一方で、彼はしばしば近くの屋台へと買い物へ出かけていたようです。

この屋台では外国人にタバコのようなものを受け渡す様子が目撃されており、ステファン・ピエール氏もこの屋台の常連客だったというのです。

テレサ・テンさんが亡くなった当日、彼は買い物へ出かけていました。

その外出中に彼女は咳がおさまらず、下着もつけず、ホテルの廊下で倒れているのを発見されます。

病院へ着いたときにはすでに彼女は死亡していたようで、救急車の中で無念の死を遂げたということになります。

彼が買い物から戻り、彼女のいる病院に着いたときには、すでに息をひきとっており、遺体となった彼女と対面したことになります。

いつも側にいた恋人のステファン・ピエール氏が、いつものように彼女の側にいてくれていたのであれば、このような結果にならなかったのかもしれません。

テレサ・テンが死亡したのはフランス人の恋人のせい?

テレサ・テンさんの最後の恋人といわれるステファン・ピエール氏。

2人は7年にも及ぶ交際期間を経ておりどこに行くのも一緒で、テレサ・テンさんの生活拠点である香港やパリにも一緒に同行し、同棲生活を送っていました。

しかし、静養先のタイ、チェンマイのホテルで彼女の咳がおさまらず苦しんでいるとき、彼はそばにいませんでした

先ほども述べましたが、テレサ・テンさんが亡くなった日の午後5時に彼は買い物へ出かけました。

その行先は、薬物を買いに行っていたや、薬物を使用できるお店に行ったのでは⁉という噂が出ました。

午後6時半ころにホテルへ戻り、彼女のいる病院には午後8時過ぎに到着したといわれています。

ホテルと病院は10分ほどの距離であるにもかかわらず、なぜすぐに駆け付けなかったのか⁉

体内から薬物を抜くためだったのでは⁉ともいわれています。

このような側面もあり、テレサ・テンさんのお兄さんは恋人のステファン・ピエール氏にあまりいい印象を持っていなかったようです。

彼が葬儀へ出席することにおいても、もちろん歓迎ムードではありません。

しかし、テレサ・テンさんの弟の説得により恋人のステファン・ピエール氏の葬儀への出席は許可されたようですが、結局彼は葬儀に姿を現すことはなかったようです。

テレサ・テンは台湾で3人しかいない土葬で死亡写真がある?

日本では火葬が一般的であるように、テレサ・テンさんの出身地である台湾でも火葬が一般的のようです。

しかし、テレサ・テンさんのように国民的スターであり、アジアの歌姫として世界中を飛び回っていた偉大な方の死ということで、エバーミングを施された土葬となりました。

エバーミングとは…
遺体に防腐処置を施して衛生的に遺体を保存できるようにし、血色をプラスして生きて健康だったころの顔色をよみがえらせる技術です。
この方法で安置されているのは台湾で3人います。
1人目は1975年に亡くなった蒋介石、2人目はその長男で1988年に亡くなった蒋経国。
そして3人目はテレサ・テンさんということとなります。
異例となる土葬は、財閥や高官などの地位が高い人や、功績があった方のみに限ってのことのようです。
このことからもテレサ・テンさんの人気の高さや偉大さが伝わります。

テレサ・テンの国葬並みの葬儀や墓地とは?

「アジアの歌姫」と呼ばれ多くの人を魅了していたテレサ・テンさんだけに、故郷の台湾でも国民的歌手であったことは言うまでもありません。

彼女の死は大きな衝撃を与え、「台湾政府葬儀委員長」が急遽発足されたといいます。

1995年5月28日、台北市第一殯儀館にて国葬並の葬儀が行われ、参列者は3万人以上にものぼったといわれています。

参列者は台湾の方はもちろん、日本やアジア各国からファンが押し寄せたです。

テレサ・テンの死因疑惑4説!衝撃の死亡写真とは?まとめ

今回は、テレサ・テンさんの死因疑惑4説と衝撃の死亡写真について調べてみました。

  • テレサ・テンさんの死因疑惑4説とは、暗殺説・エイズ説・薬物説・持病の喘息説
  • 元カレであるジャッキー・チェンさんとの交際中の秘話
  • 最後の恋人のステファン・ピエール氏との最期
  • 亡くなれたときに撮影された検死台の写真
  • エバーミングを施された棺の中にいる写真

「アジアの歌姫」と称賛され、数々の実績を残したテレサ・テンさん

彼女の美しさや歌声はこれからもかすむことなく輝き続けることでしょう。