【2022最新】カニバリズムの有名人16選!日本/海外の事例を一挙紹介

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人肉を食べる人、カニバリズムである人は過去に何人も見つかっています。

さらに映画「ハンニバル」や「羊たちの沈黙」でカニバリズムの存在は多くの人に知られました。

カニバリズムの目的は一体何なのか。

その目的や日本、海外にいるカニバリズムの有名人を16人紹介します。

カニバリズムの目的とは?

カニバリズム(食人)の目的とは一体何でしょうか?

民族的な慣習、性的欲求、迷信、中にはやむを得ない理由から食人行動を行ってしまう人もいます。

それぞれの理由や実話、事件なども含めて紹介します。

社会的・民族的な慣習

カニバリズムを行う人の中には、社会的または民族的な慣習から行う人々もいます。

死者の弔いの意味を込めて死後にカニバリズムを行うことも。

特にパプアニューギニアなどの部族にはそういった慣習が存在しましたが、現在は政府が禁止したことでカニバリズムはなくなっています。

性的欲求

性的欲求からカニバリズムを行う人もいます。

人肉を食べてみたかった、小さいころから人食に興味があったと事件を起こす者もいました。

迷信


ある迷信を信じ、カニバリズムを行う人もいました。

韓国では「赤ちゃんの死体を食すと滋養強壮になる」と言われ、死体を粉末にしてカプセルに詰め、100カプセル6万円ほどで密売されていたこともあります。

飢餓でやむをえず


人はさまざまな理由でカニバリズムを行いますが、飢えを凌ぐために仕方なく行ってしまった人もいます。

人は食べなければ死んでしまうので、状況によってはそれが人でも食べなければいけないです。

ウルグアイ空軍機571便遭難事故

1972年、チリへラグビーの試合に向かうステラ・マリス学園の選手や家族らを乗せたチャーター機が出発。

飛行機には乗客40人と乗務員5人が搭乗していました。

出発した翌日、アルゼンチンとチリの国境辺りにあるアンデス山脈に墜落します。

この時点で9人が死亡し、ケガが原因で3人が墜落初日に亡くなりました。

行方不明も5人、生存したのは28人です。

生存者たちは寒い山をスナック菓子やワインなどの少ない食料で過ごしましたが、それも9日後に尽きます。

そして、生存者の数名が亡くなる中、墜落から11日後に機内にあったラジオで自分たちの捜索が中止されたことを知ります。

そんな時に生存者の1人ロベルト・カネッサが亡くなった仲間の遺体を食べることを提案。

周囲は仲間の遺体ということもあり反対しますが、死亡した仲間は死の間際に「自分を食べて生き延びて」と言い残していたこともあり、苦渋の決断となりました。

その後、機内で過ごしていた人々が雪崩に襲われ8人が死亡します。

このような状況でも諦めずに行動を起こした2人が人と接触することに成功し、この2人は近くの村に到着しました。

墜落から72日後に16人が救出されましたが、人肉を食べて生き残った彼らに好奇の目が向けられたそうです。

天保の飢饉

1833~36年に続いた大凶作により、多くの人が飢餓によって命を落としました。

何年にもわたる不作のため食料がなく、生き延びるため人肉を食べる人がいました。

老人の遺体を売買する者や赤ちゃんを食べる母まで。

とにかく食べられるものは何でも食べるしかなかったのです。

人を食べると脳みそがスポンジに!?クールー病はなぜかかる?

人を食べることで健康に害はないのか気になりますよね。

実際にパプアニューギニアでは、カニバリズムによって起こった病気が確認されています。

クールー病とは?

現在は禁止されていますが、昔カニバリズムを行っていたパプアニューギニアの部族フォレ族では、脳みその病気が広がっていました。

症状はこのようなものです。

・運動失調

・歩行困難

・身体の震え

・突然笑いだすなどの精神障害

潜伏期間は5~20年ですが、発症すれば1年ほどで死んでしまいます。

クールーという名前はフォレ族の言語で「震え」と意味し、それがこの病気の名前、クールー病の由来になりました。

最終的には脳みそに空胞ができスポンジのようになります。

クールー病の原因とは?

クールーはプリオン病の一種で、後にカニバリズムが原因であると分かります。

プリオン病の一種である「ヤコブ病」であった死者の遺体を食べたことがきっかけと考えられています。

フォア族は民族的な慣習により死者の弔いを込めて遺体を食べていましたが、最も感染性の強い部分である脳みそは女性や子供が食べるよう決まっていました。

民族的な慣習が原因で、クールー病は生まれたのです。

現在、クールー病はあまり見かけないようです。

カニバリズムで有名な日本人8選

日本でもカニバリズムは確認されています。

カニバリズムの有名人、実話の日本人を紹介。

カニバリズムで有名な日本人①佐川一政

パリ人肉事件と呼ばれ、日本人留学生「佐川一政」が起こした事件です。

日本人が起こしたカニバリズムの中でも特に有名人です。

当時32歳だった佐川一政はパリの大学院に留学をしていましたが、同じく留学生だったオランダ人のルネさんを銃で殺害します。

その後、死体と性行為を行い、死体を食べました。

殺害の2日後に残った死体をスーツケースに詰めて森の池に捨てようとしていたところを目撃され、彼は逃げましたが目撃者の通報から2日後に逮捕されました。

後に彼は日本滞在時にドイツ人女性をカニバリズムの目的で襲っていたこともわかります。

裁判では犯行を認めたものの、心神喪失による不起訴で無罪が告げられました。

フランスの精神科病院に入院した1年後、東京の病院で過ごします。

東京の病院では「彼にカニバリズムの性癖はなくフランスの警察に対する虚偽であった」と診断されます。

そのため、病院や日本の警察は彼の刑事責任を問いますが、フランスで不起訴になっていることから裁判をすることはできませんでした。

カニバリズムで有名な日本人②宮崎勤

宮崎勤もカニバリズムの有名人です。

4人の小さい女の子を誘拐、殺害した後にわいせつ行為をしたシリアルキラーです。

最後に姉妹にわいせつ行為をしようとしたところ父親に取り押さえられます。

事情聴取で一連の幼女誘拐殺人を認め、供述通りに遺体が発見されたことで逮捕となりました。

2度の精神鑑定を行いましたが、死刑判決を受け2008年に死刑が執行されています。

しかし、一連の供述があいまいなため、本当の動機はわかっていません。

カニバリズムで有名な日本人③手首ラーメン事件の関係者

1978年に兵庫と岡山の山中からバラバラ遺体が発見。

別の殺人事件で逮捕されていた暴力団員とその子分たちが殺害したことがわかりました

死体の刺青から暴力団員とわかりましたが、手首だけが発見されず。

後に、指紋から身元が判明するのを恐れた犯人たちが手首を持ち去り、処分に困ったため経営していたラーメン屋で出汁をとるのに使ったと供述します。

カニバリズムで有名な日本人④馬場勝太郎

1905~1907年に起こった肝取り勝太郎事件。

3人の女性の腹を切り、内臓を盗んでいます。

さらに被害者女性の0歳の息子を殺害し、首を母親の腹に入れるという凶行も行っています。

最後に女性を襲うも失敗して顔を見られ、それが馬場勝太郎であることがわかり、翌日に逮捕されました。

彼は薬にする肝を売っていたことが動機のようで、死刑判決を受けました。

翌年には死刑が執行されています。

カニバリズムで有名な日本人⑤増淵倉吉

1932年に起こった首なし娘事件。

増淵倉吉の妻が講師を務めていた名古屋の裁縫教室に通う吉田ます江は、彼の妻が入院した際によく見舞いに訪れていました。

自然と増淵倉吉とも仲が良くなり、恋仲に発展します。

妻が他界した後、東京に引っ越す彼の荷造りを手伝う彼女の姿が目撃されています。

東京に引っ越すも仕事がうまくいかず、名古屋に戻り宿泊していた旅館に吉田ます江を呼びます。

数日間2人は愛し合いましたが、その後彼女は首を絞めら死亡しました。

愛した女性と一体化したいと考えた増淵倉吉は、彼女の頭皮をまとい、下着を身に着けて首を吊り自殺しました。

カニバリズムで有名な日本人⑥立花芳夫