鈴木沙彩が犠牲になった三鷹ストーカー殺人事件とは?真相を紹介

未分類

「三鷹ストーカー事件」という殺人事件をご存じでしょうか?

この事件はリベンジポルノ関連の法整備に影響を与えた事件です。

事件の被害者である鈴木沙彩さんは、犯人である池永チャールストーマスによってプライベートな性的画像等をインターネットに投稿するリベンジポルノをされた上で、自宅で殺害されました。

鈴木沙彩さんはリベンジポルノによって社会的に殺されたうえで、犯人の手にかかったため、「二度殺された」と言っても良いでしょう。

いったい三鷹ストーカー事件とはどのような事件で、被害者の鈴木沙彩さんとはどのような人物なのでしょうか?

今回の記事では、三鷹ストーカー事件とその関係者について調べてみました!

三鷹ストーカー事件の被害者「鈴木沙彩」はどんな人物?

まずは三鷹ストーカー事件の被害者の鈴木沙彩さんについて調べてみました。

調べてみたところ鈴木沙彩さんは普通の一般人ではなく、芸能活動を行っていたようです。

それだけでなく、有名な芸能関係者と親戚であったことがわかりました。

三鷹ストーカー事件は鈴木沙彩さんの経歴とその親戚に有名人がいたことによって、より有名になったようです。

鈴木沙彩のプロフィール

鈴木沙彩さんのプロフィールは以下のようになっています。

  • 読み方  すずきさあや
  • 出身地  東京都三鷹市
  • 生年月日 1995年06月22日
  • 没年月日 2013年10月08日
  • 年齢   享年18歳
  • 身長   161cm
  • 星座   ふたご座
  • 血液型  A型
  • 趣味   洋楽、洋画鑑賞

鈴木沙彩さんは事件当時はまだ高校生で、18歳の若さで亡くなっています

出演した映画の監督は「よく笑う娘」だったと語っており、ドラマで共演したタレントのダンカンさんも「明るい女の子だった」と語っています。

学校の成績は常にトップクラスだったようで、中でも洋楽や洋画鑑賞が趣味だったことから英語はかなり得意だったみたいです。

芸能活動をしていた?

鈴木沙彩さんは高校生ながら、女優として活動していました。

2010年に『冷たい部屋』という作品でスクリーンデビューをしており、『ある子供の交わり』という作品では主演を努めました。

女優の卵といえる存在で将来の明るい少女だったからこそ、犯人の手によって行われたリベンジポルノが大きな傷となってしまいました。

リベンジポルノによって映画やドラマに出演している女優さんの本来見せてはいけないプライベートな映像や性的画像が流出したのであれば、キャリアにも当然傷がつきますし、活動がしにくくなります。

倉本聰との関係性は?

鈴木沙彩さんと脚本家の倉本聰さんは親戚関係で、鈴木沙彩さんの大叔父にあたるようです。

芸能界入りに際して倉本さんから「いい加減なところには入るな」とアドバイスをしていたようで、親戚としてそれなりの付き合いがあったみたいです。

よく知った仲だったようですが、事件発生当時にコメントを求められて、「最近は会っていなかった」と答えています。

鈴木沙彩はリベンジポルノの被害に遭っていた?

鈴木沙彩さんは恋人だった犯人の池永にプライベートな映像や性的画像を送っていました。

この画像や映像は鈴木沙彩さんが別れを切り出したあとに、池永によってアダルト映像投稿サイト等に投稿され、全世界に広まってしまいました。

俗に言うリベンジポルノをされたのです。

映像や画像の内容は非常に過激なものもあり、社会で生活するのに支障が出るほどの内容だったものもあります。

女子高生で18歳という若さゆえの過ちともいえますが、不用意に交際相手にプライベートな映像や性的画像を送ってしまったのが問題でした。

リベンジポルノの詳細

リベンジポルノの内容の詳細ですが、調べてみると、かなりきつい内容のものもありました。

しかもなんと池永は鈴木沙彩さんの名前を書いた上で投稿しており、復縁のために非常に残酷なことこの上ない行為を行いました。

ばら撒かれた写真や映像の内容は、池永の男性器を舐める鈴木沙彩さんを写した映像や、鈴木沙彩さんの裸や女性器の写真だったようです。

女子高生のこういった画像や映像は、所持することすら児童ポルノ禁止法違反にあたります。

今も流出はしている?

現在、調査してみたかぎりでは当該画像は発見できませんでした。

しかし、2021年時点のヤフー知恵袋で鈴木沙彩さんの流出画像を見たという人がいたので、現在でもどこかで見ることはできるようです。

インターネットに一度流れてしまうと、完全に消すことはほぼ不可能と言われていますので、鈴木沙彩さんのリベンジポルノも完全に消すのは不可能に近いでしょう。

遺族からすれば非常に辛いことだと思いますが、こればかりはどうしようもないことなのでしょう。

鈴木沙彩が殺害された「三鷹ストーカー殺人事件」とは?

ここまで鈴木沙彩さんについて述べましたが、三鷹ストーカー事件とはいったいどんな事件だったのでしょうか?

ここからはリベンジポルノ関連法案にも大きな影響を与えた、三鷹ストーカー殺人事件について調べていこうと思います。

なお本記事では事件の詳細まで述べることはしませんので、事件の詳細を知りたい方は下記のリンクから行ける記事をご覧になってください。

>>三鷹ストーカー殺人事件について

三鷹ストーカー殺人事件の概要

三鷹ストーカー殺人事件は2013年10月8日に発生しました。

犯人の男の名前は池永チャールストーマスで、殺害された鈴木沙彩さんとかつて交際していた男性でした。

池永はかねてより鈴木沙彩さんにストーカー行為を繰り返していたようで、待ち伏せ等を行っており、恋人同士だったときに沙彩さん宅を訪ねたことがあったので自宅を把握していました。

池永は事件当日、鈴木沙彩さん宅の偶然鍵が開いていた2階の窓から侵入して沙彩さんの部屋のクローゼットに隠れ、沙彩さんが学校から帰宅したタイミングで襲いました。。

沙彩さんはペティナイフで11カ所を刺され、首を刺された傷が致命傷となって亡くなりました。

犯人逮捕までの経緯

池永チャールストーマスは殺害後、血のついたジーンズのまま歩いているところを警察官に職務質問され、事件との関与を認めて逮捕されました

池永は別段抵抗する様子も見せずに、すんなりと罪を認めて、逮捕に至ったようです。

池永の目的は鈴木沙彩さん殺害の一点のみだったようで、目的を達成した池永にとって逮捕されることは全く問題ないことでした。

三鷹ストーカー殺人事件の犯人「池永チャールストーマス」の現在とは?

三鷹ストーカー殺人事件の犯人である池永チャールストーマスという人物は、複雑な人生を生きてきた男だったようです。

池永の鈴木沙彩さんに対する偏執とも言えるほどの執着はこの男の生まれに原因があるといえます。

池永は家庭で愛情を知らずに育ったがゆえに、一度自分を愛してくれる存在にであってしまったことで鈴木沙彩さんに対する執着が生まれてしまったのです。

最後に犯人である池永チャールストーマスについて調査してみました。

池永チャールストーマスの人物像

池永チャールストーマスは関西在住のフィリピン人と日本人のハーフです。

しかし鈴木沙彩さんには南米と日本のハーフだと嘘を語っていました。

また沙彩さんに対して立命館大学に通う大学生だと言っていましたが、実際には関西でトラック運転手をしていたようです。

池永は母親からネグレクトをされていたようで、愛情に飢えた人物でした。

沙彩さんは初めて自分に愛情を与えてくれる存在だったのでしょう。

犯行に至るまでの過程

池永はFacebookを通じて鈴木沙彩さんと知り合いになり、交際に発展しました。

しかし、沙彩さんから別れを切り出され、次第に沙彩さんにストーカー行為を行うなど、常軌を逸した行動を取り始めます。

リベンジポルノもこの時期に行ったことで、「復縁しなければ写真や映像をばら撒く」と脅していたようです。

しかし、それでも復縁しない沙彩さんにしびれを切らした池永は、とうとう沙彩さんを殺害してしまうのです。

懲役22年の実刑判決を受けて現在は服役中

池永は懲役22年の刑を受けて服役中です。

おそらく長期の刑期となるので、千葉刑務所に入れられていると思われます。

しかし、池永は裁判の際にも鈴木沙彩さんを殺したことに対する反省の気持ちを持ち合わせていませんでしたので、現在でも反省したとは言えないでしょう。

それどころか池永は一時でも自分に愛情を与えてくれた鈴木沙彩さんを殺したことで、「永遠に誰の手にも渡らないようにできた」という達成感のようなものを感じていると思われます。

鈴木沙彩は女優の卵だった!三鷹ストーカー殺人事件は将来有望だった少女の命を奪った残忍な事件!

調査の結果、鈴木沙彩さんは女優の卵で、脚本家の倉本聰さんの親戚にあたる人物であることがわかりました。

犯人である池永チャールストーマスは反省することなく、未だに遺族に沙彩さんの写真を要求しているといいます。

池永からすれば、鈴木沙彩さんを殺したことで、永遠に自分のものにしたと考えているのでしょう。

沙彩さんの写真は未だにインターネットにばら撒かれたままで、遺族の傷が癒えることは未だありません。

今後こういった事件が起きないことを願いたいですが、男女の関係のもつれというものは、我々が考えているものより複雑なものです。

ストーカーに対する対策をより強化していく他ありません。