酒鬼薔薇聖斗(少年A)は現在更生している?神戸連続児童殺傷事件の犯人は名前も改名!?

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1997年5月に起こった、日本中を震撼させた事件「神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇事件)」。

その猟奇殺人の実行犯として逮捕されたのが、当時14歳の酒鬼薔薇聖斗を名乗る「少年A」です。

2004年には少年院を退院した彼は、きちんと更生して生活しているのでしょうか?

酒鬼薔薇聖斗(少年A)が現在、どのように暮らしているのか、調べてみました。

少年A・酒鬼薔薇聖斗の現在は釈放され普通に生活している?

「神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇事件)」という凄惨な事件を引き起こした元少年Aの酒鬼薔薇聖斗。

2024年現在は42歳になりますが、酒鬼薔薇聖斗(少年A)は現在どのような暮らしをしているのでしょうか。

少年Aの現在についての情報を徹底リサーチしました。

酒鬼薔薇聖斗(少年A)の現在①「東慎一郎」から「西岡真」に実名変更!?

女性セブンの取材によると、酒鬼薔薇聖斗(少年A)は医療少年院を退院後、東慎一郎から西岡真に改姓改名しています。

実名(特に苗字)を変更することは日本の戸籍上難しいことのようです。

しかし「姓を変更しないとその人の社会生活において著しい支障が出る」という場合には、家庭裁判所に申し立てることで変更が可能なのだそう。

世間を大きく賑わせた事件の犯人として実名も公開されてしまっているため、今後の社会生活への影響を考えて実名を変更したのでしょう。

姓名ともに事件当時のものは一文字も使われておらず、まったく違った名前で生活しているようです。

酒鬼薔薇聖斗(少年A)の現在②結婚して子供がいる

ネット上では「少年Aは結婚し幸せな家庭を築いている」「子供もいるらしい」という噂が飛び交っているようです。

果たして、日本を震撼させた事件を起こした犯人と結婚する相手なんているのでしょうか?

当時はそのカリスマ性から酒鬼薔薇聖斗のファンクラブがあるという噂もあり、熱心なファンと結婚したという話もあるようです。

 さらに被害者宅に「自分は今結婚して幸せな生活を送っている」という内容の手紙を送ったというエピソードや「子供が生まれたことで自分のやった罪の重さを知った」と語っているという話もまことしやかに囁かれています。
しかし、後でお話しますが、現在酒鬼薔薇聖斗(少年A)は他人を信じられない状況にあるそうなので、今も結婚はしておらず、子供もいないと考えられます。

酒鬼薔薇聖斗(少年A)の現在③東京都内に住んでいる

酒鬼薔薇聖斗(少年A)は社会復帰して東京に住んでいるのではという噂があります。

新潮社の記事によると少年Aが社会復帰している確率は95%にも上ると言われています。

ただ、医療少年院を出所した酒鬼薔薇聖斗(少年A)は、普通の暮らしを取り戻す事に大変な苦労をしたようです。

どこに行っても疑われ、雑誌の記者に追われる日々だった事から、ネットカフェや簡易宿泊所を転々とする毎日だった様子。

2011年頃から定住した静岡県浜松市に滞在し、2015年9月末には神奈川県内のアパートへ引っ越ししたようです。

その後アパートの住所が記者にバレてしまい、ウィークリーマンションで数週間潜伏した後、東京都足立区のUR花畑団地に定住します。

近くには公園やジョギングコースもある素敵な場所ですが、凄惨な事件を起こした人がこんな場所に住んでいたなんて…。

世帯で入っていたり育児をしていたりという人も多いでしょうから、かなり落ち着かない気持ちになってしまいますね。

酒鬼薔薇聖斗(少年A)は住所がばれてしまった後は転居したようで、現在の詳しい居場所は不明となっています。

酒鬼薔薇聖斗(少年A)の現在④書籍「絶歌」を出版

少年Aは2015年に太田出版から「絶歌・神戸連続児童殺傷事件」を出版しました。

刊行当時、少年Aの年齢は32歳でした。

事件から18年を経た少年Aの手記として世間から再び注目を浴びた「絶歌」には、少年Aが社会に復帰して以後の流れや当時の思いが綴られていました。

気になるのが、実際に読んだ人の感想です。

 

「絶歌」を読んだ多くの人が自己陶酔のような内容について気味の悪さを感じたようです。

この「絶歌」の内容は、特に遺族にとっては許し難いもので、産経新聞によると被害者の土師淳くんの父親は「息子は2度殺された」と話していたと言います。

非常に自分勝手で遺族の気持ちを全く考えていない書籍に被害者遺族は出版中止と回収を求めましたが、太田出版は「少年犯罪の理解に役立つ」として出版を続けています。

これを書いた酒鬼薔薇聖斗(少年A)もどうかと思いますが、出版を決めた太田出版も大概ですよね。

ちなみに、遺族への説明等は一切なく、出版されてからの事後報告だったと言います。

不買運動や回収等が相次ぎましたが、遺族の心境を考えると当然ですよね。

酒鬼薔薇聖斗(少年A)はこの「絶歌」を宣伝するためにホームページを立ち上げ有料(月額800円)のメルマガ等も配信します。

それらからは、当時と全く変わっていない異常性がつづられていたそうです。

印税は4,000万円以上?

「絶歌」は25万部を売り上げるヒットとなり、印税は4,000万以上と見られています。

気になるのは印税の行く方ですよね。

通常なら被害者遺族への救済や賠償に使われそうですが、印税は遺族へ支払われていないそうです。

その理由は、被害者遺族が拒否しているためです。

書籍の内容から「受け取りたくない」という気持ちになるのは当然ですが、そうなると印税は酒鬼薔薇聖斗(少年A)の手元にあるということになります。

4000万円もあれば悠々自適に暮らすことができそうですね。

犯罪を起こすことで懐が潤うという前例を作ってしまったら、犯罪が増えてしまいそうな気がするのですが、いかがでしょうか。

酒鬼薔薇聖斗(少年A)の現在⑤被害者家族を結婚式に招待した?

先ほど「酒鬼薔薇聖斗(少年A)が結婚して子どもがいる」という話がありました。

その元ネタになったと考えられるのが、「絶歌」の中に「少年Aが被害者遺族に対し結婚式の招待状を送った」という文章があったというもの。

しかし、これはまったくのデマで、「絶歌」の中にそのような記載は一切ありません。

「絶歌」の内容があまりに自己中心的だったため噂が独り歩きしたのではないでしょうか。

彼は人と親しくなることを警戒しています。親しくなると、その人に対して、自分が殺人者であることを隠すことに耐えられなくなるからです。女性にも同じ。好きにならないよう警戒していた。禁欲的な生活です。

引用:J-CASTニュース

「絶歌」の担当編集曰く、少年Aは人と親しくなることを警戒しているらしく、結婚することはありえないし関係者に招待状を送ることも想像できないとのことです。

デマで良かったですが、もし酒鬼薔薇聖斗(少年A)が本当に遺族に結婚式の招待状なんて出していたら、遺族はどんな想いをするのかと想像すると悲しくなってきますね。

酒鬼薔薇聖斗(少年A)の現在⑥記者に暴言を吐いた?

2016年、週刊文春に東京都内の住居を割り出されてしまった酒鬼薔薇聖斗(少年A)は、記者の直撃を受けたことがあったようです。

最初は記者をはぐらかしていた酒鬼薔薇聖斗(少年A)ですが、突如豹変し記者に対して大声で凄み、逃げる記者を執拗に追いかけたと言われています。

「名刺も手紙もいらねえよ」「命がけで来てんだよな」

脅しとも取れる言葉を発し、異変を感じて逃げる記者を約10分間、執拗(しつよう)に走って追いかけてきた。記者は「(加害男性は)ポケットの中で何かを握る素振りを見せながら叫んでいた。更生できているのか疑問に感じた」と振り返る。

引用:産経新聞

この直撃を受けた数日後、ひっそりと転居をしてしまったという酒鬼薔薇聖斗(少年A)。

その後の足取りは判明していません。

足立区のUR花畑団地は、漫画喫茶等を転々としながらもやっと見つけたであろう安住の場所。

そこから再び追われる身となるのは、酒鬼薔薇聖斗(少年A)には余程堪えられないものがあったのだろうと想像されます。

それでも記者を脅して追いかけるというのは、記者の言う通り「本当に更生しているの?」と疑問になる怖さがありますね。

酒鬼薔薇聖斗(少年A)の現在⑦遺族に手紙を送り続けた

2005年頃から酒鬼薔薇聖斗(少年A)は被害者遺族に向けて、毎年命日に合わせて「謝罪の手紙」を送っていました。

遺族もその手紙をきちんと読み、更生できるのか見守っていたといいます。

しかし2015年には、事件について自分なりに「どうして起こしてしまったのか」という原因について37枚もの膨大な手紙を遺族へ送ったそうです。

しかし、その直後「絶歌」の出版に合わせて、手紙は届かなくなったと言います。

「絶歌」の中では「手紙は贖罪の気持ちだった」と語られていますが、出版に合わせたタイミングで手紙を書かなくなったということは、「贖罪を終えた」という気持ちの表れなのでしょうか。

「謝罪の手紙」とはいうものの、遺族にはその気持ちは伝わっていませんし、反省の色が見られません。

「絶歌」の出版で、気持ちを踏みにじられたと感じる被害者遺族がほとんどだったようです。

少年A・酒鬼薔薇聖斗のプロフィール(本名・顔写真など)

この投稿の画像は、事件を起こした中学生当時の少年Aの顔写真です。

さらに、出所から約10年が経過した33歳時の顔写真も公開されていました。

右側のカラー写真は医療少年院に入所していた頃の顔写真です。

酒鬼薔薇聖斗(少年A)の最近の顔写真はキャッチされていませんが、医療少年院出所後もメディアに追われる立場である事から、現在は整形などをし身辺を隠している可能性もありそうです。

酒鬼薔薇聖斗(少年A)が出所後に立ち上げた自身のサイト「存在の耐えられない透明さ」内で公開していたプロフィールと併せて、探り出された少年Aの本名も紹介します。

  • 本名:東慎一郎(あずま・しんいちろう)→西岡真(にしおか・まこと)
  • 身長:165.6cm
  • 体重:54.3kg
  • 視力:右0.03/左0.05
  • 血液型:A型
  • 性格類型:INFJ型
  • 出版書籍:「絶歌」2015年6月28日出版
  • 大動脈心臓部に雑音あり
  • 誇大妄想癖あり

少年Aの元々の本名は東慎一郎ですが、出所後に改名し西岡真と名乗っているようです。

しかし、現在の氏名のイニシャルは「K.M」だとする記事もあり、2024年現在はまた別の名前を名乗っているかもしれません。

また、少年Aの性格類型であるINFJ型を要約すると「誠実で物静かで慎重、普段は感情を表に出さないが怒った時はわかりやすく表情に出す」傾向があるようです。

当時14歳だったため、2024年4月現在年齢は40歳を迎えています。

酒鬼薔薇聖斗事件(神戸連続児童殺傷事件)の概要とは?

ここで、かつて14歳だった酒鬼薔薇聖斗(少年A)が犯し日本中に衝撃を与えた「神戸連続児童殺傷事件」の概要を紹介します。

まず上部の画像は、少年Aが事件で実際に使用した犯行声明文です。

被害男児の切り取られた頭部に添えられた犯行声明文が社会に与えたインパクトは絶大でした。

さらに事件の詳細や犯行動機まで徹底的に解説します。

少年A・酒鬼薔薇聖斗の犯行①女児をハンマーで殴る

1997年(平成9年)2月10日16時35分頃、酒鬼薔薇聖斗(少年A)は神戸市須磨区中落合一丁目の路上で、当時小学6年生だった女児2人の後頭部をゴム製のショックレス・ハンマーで殴りつける事件を起こしました。

幸い、被害者2人は命に別状はありませんでしたが、2人の女児の内1人は重傷を負ってしまいます。

ブレザーを着用し学生鞄を所持していたと犯行時の服装を目撃されていた酒鬼薔薇聖斗(少年A)。

犯人の手がかりを得た被害女児の父親は、近隣の中学校に対し、犯人特定のためにも生徒の顔写真を見せてほしいと要望しました。

しかし、学校側は警察を通して欲しいとして顔写真の開示を拒否します。

そのため父親は、兵庫県警に被害届を出して生徒写真の閲覧を再度要求したものの、結局、顔写真は開示されませんでした。

この時、学校側と警察が父親の証言を真摯に受け取り、適切な対応をしていれば、その後の凶行は防げたのではないかと言われています。

少年A・酒鬼薔薇聖斗の犯行②通り魔殺人

最初の犯行から1ヶ月程度経過した3月16日12時25分頃、酒鬼薔薇聖斗(少年A)は神戸市須磨区竜が台二丁目の路上で、付近にいた小学4年生の女児の頭部を八角げんのうで殴りつけ逃走

女児は手を洗うことができる場所を聞かれ、近くの学校まで案内したところ、酒鬼薔薇聖斗(少年A)に「お礼を言いたいのでこっちを向いてください」と言われて振り向いたところ思いっきり殴られたといいます。

病院に運ばれましたが、犯行から1週間後に脳挫傷で死亡しました。

金づちを使用した犯行から10分後の午後0時35分頃、酒鬼薔薇聖斗(少年A)は神戸市須磨区竜が台五丁目の公園で、小学3年生の女児の腹部を刃渡り13センチのナイフで刺し逃走。

ナイフを刺された女児は幸い命は助かったものの、ナイフの刃は胃を貫通して背中の静脈手前まで届いていたそうで、あとわずかでも深く刃先が刺さっていたら確実に亡くなっていたそうです。

手術には1.8Lもの血液の輸血が必要だったと言いますから、大量の出血で本当に危険だったことがわかりますね。

少年A・酒鬼薔薇聖斗の犯行③2度目の通り魔殺人


日本中が震えた少年Aの特異性を象徴する殺人事件です。

1997年5月24日の昼過ぎ頃、殺人衝動にかられた酒鬼薔薇聖斗(少年A)は自身が殺人を犯すのにちょうどいい人物を探すため、自転車に乗り町を周りました。

偶然、顔見知りだった小学5年生男児(当時11歳)と出会い、男児を殺人のターゲットに定めます。

男児がカメ好きと知っていた酒鬼薔薇聖斗(少年A)は「一緒にカメを見に行こう」と嘘の誘い文句で、男児を「タンク山」と呼ばれる高台の山頂付近まで連れ出しました。

そこで、男児を絞殺しようと酒鬼薔薇聖斗(少年A)は右腕を男児の背後から首に巻き付けますが、うまくいきません。

何度か体制を変えながら自らの手で絞め殺そうと試みる酒鬼薔薇聖斗(少年A)は、なかなか息絶えない男児にいら立ちを覚え始め、スニーカーの靴紐を使い遂に男児を絞殺しました。

酒鬼薔薇聖斗(少年A)は男児の首を地面に置き、これは「自分の作品」だと陶酔したことで性的興奮から射精

また、その後、男児の声真似をしながら「よくも殺しやがって!」という「あの時、あそこにいた君が悪い」等と一人芝居をするという異常な行動をとっていたそうです。

遺体の隠し場所をタンク山にあるアンテナ施設に決めた酒鬼薔薇聖斗(少年A)は、金ノコと南京錠を万引きにより調達。

金ノコでアンテナ施設に元々かかっていた錠を壊し、遺体を隠す事に成功した酒鬼薔薇聖斗(少年A)は、調達した新しい南京錠で施設をロックし、タンク山を去るのです。

少年A・酒鬼薔薇聖斗首の犯行③首切断し学校の正門に晒した

男児を絞殺した夜、酒鬼薔薇聖斗(少年A)はタンク山に金ノコを隠してきた事を思い出し、金ノコで人間の頭部を胴体から切り離したい衝動にかられます。

翌5月25日、再びタンク山に向かった酒鬼薔薇聖斗(少年A)は、何の抵抗感もなく遺体の首を切り落としました。

酒鬼薔薇聖斗(少年A)は逮捕後の事情聴取で、遺体の首を切っている際「エキサイティングな気持ちになった」と供述しており、自身が切り離した頭部を地面に置き鑑賞しながら射精に至ったそうです。

胴体部分はそのままタンク山に隠し、頭部は持参した黒ビニール袋に入れて持ち歩き、酒鬼薔薇聖斗(少年A)は下山します。

その後、男児の頭部を自宅に持ち帰った酒鬼薔薇聖斗(少年A)は、やがて行われるであろう警察の捜査をかく乱しようと思い付きます。

あえて、自分自身が通う中学校に自ら遺体の頭部をさらして、警察の捜査を遠ざけようと考えたのです。

さらに偽りの犯人像を警察に植え付けるために「酒鬼薔薇聖斗」の宛名で犯行声明文を書き上げました。

5月27日未明、自身が通う中学校の正門前に、顔面が道路側を向くように男児の頭部を置き、口に犯行声明文をくわえさせた酒鬼薔薇聖斗(少年A)。

正門前に作り上げられた異様な光景を、酒鬼薔薇聖斗(少年A)は自身が作り上げた作品だと供述していたそうです。

少年A・酒鬼薔薇聖斗の最後 神戸新聞に声明を出したことがきっかけで逮捕

酒鬼薔薇聖斗(少年A)が引き起こしたショッキングな事件の話題は日本中の話題となり、連日ワイドショーでは犯人像の推測が絶えませんでした。

しかし、報道される犯人像の推測は真実からかけ離れており、目論見通りの状況に満足した酒鬼薔薇聖斗(少年A)は、新たに神戸新聞社宛てに第二の犯行声明文を郵送し警察を挑発します。

しかし、神戸新聞社宛ての犯行声明文がきっかけとなり、水面下で犯人の可能性がある人物としてマークされていた酒鬼薔薇聖斗(少年A)は警察に任意同行を求められてしまいます。

任意同行の聴取中に第一の犯行声明文のコピーを突き付けられた酒鬼薔薇聖斗(少年A)は、大声で泣きだした後に自供を始め、逮捕へと至ったそうです。

逮捕後の供述で、酒鬼薔薇聖斗(少年A)は第二の犯行声明文について「調子にのっていた。警察の筆跡鑑定を甘く見ていた」と述べています。

少年A・酒鬼薔薇聖斗の性格・人物像を徹底解説。犯行の動機は?

猟奇殺人犯が中学生だったという神戸連続児童殺傷事件は、世間からの注目度が非常に高かったため、家庭裁判所は例外として未成年である酒鬼薔薇聖斗(少年A)の精神鑑定の結果を公開しました。

精神鑑定を通して示された酒鬼薔薇聖斗(少年A)の特徴をわかりやすくまとめました。

  • あらゆる脳検査の結果、脳は異常無し。
  • 染色体の検査、ホルモン検査も異常は無い。
  • 精神疾患はなく、意識はしっかりしている。
  • 年齢相応の知的能力がある。
  • 少年Aは「解離性同一性障害」ではないため、別人格による犯行という事はありえない。
  • 性衝動と攻撃性が交わった特殊なサディズム性が事件の重要な原因である。
  • 瞬間的に見た映像を長期的にしっかり記憶できる能力があり、その素質が事件の原因の一つ。
  • 自己肯定感が低く、他者への共感力が乏しい。
  • 独善的な考え方がこの事件の原因の一つ。

酒鬼薔薇聖斗(少年A)の犯行の動機は、祖母との別れが最初のきっかけだったと言います。

酒鬼薔薇聖斗(少年A)は、祖母が亡くなった後も部屋を度々訪れ、思い出に浸りながら祖母が愛用していた按摩器を性器に押し当てて射精するという行為を繰り返していたといいます。

後に酒鬼薔薇聖斗(少年A)は「絶歌」で、

僕の中で、「性」と「死」が「罪悪感」という接着剤で結合した瞬間だった

と記しています。

その後、ナメクジの解剖にはまり、小学5年生の頃には猫を殺害しで首を切るなど動物虐待を楽しむようになりました。

やがて、中学生になるころから虐待行為の対象は動物から人間へと変わり、「殺してみたい」「首を切断して感触を確かめてみたい」という身勝手な感情からついに犯行に及ぶことになったようです。

まさに鑑定結果通り、共感力の欠如と独善的な考え方がベースとなっていると見受けられます。

さらに、犯行を重ねる事で性的興奮を覚えていた事実から、少年Aの犯行動機は「快楽を得るため」と結論づけられました。

また、自己肯定感が低い者は自己顕示欲が高くなる傾向があるため、酒鬼薔薇聖斗(少年A)の犯行声明文はドラマチックに仕上げられたという見方もあります。

逮捕後の少年Aの様子

逮捕後からの酒鬼薔薇聖斗(少年A)は、次のような経歴を辿っています。
  • 1997年 関東医療少年院へ入院。
  • 2001年 東北少年院(通常の少年院)へ入院。
  • 2004年 少年院仮退院
    約1か月間東京都内のホテルに住み、更生保護施設に入所。
    派遣会社に登録し、荷物運びやビル清掃、廃品回収などの業務に携わる。
  • 2005年 保護観察機関終了。通常通りの生活に戻り一人暮らしをはじめる。
    寮がある建設会社の契約社員になる。
  • 2009年6月 契約解除で解雇。日雇い労働者として職を転々とする。
  • 2009年9月 溶接会社で溶接工として勤務を始める。
  • 2011年 溶接会社を辞職し、静岡県浜松市に定住する。
  • 2015年 「絶歌」出版。
  • 2015年9月 神奈川県内のアパートへ引っ越しの後、ウィークリーマンションで数週間住       んだ後、東京都足立区のUR花畑団地に定住するも、すぐ転居。その後は不明。

関東医療少年院では、家庭における親密体験の乏しさを精神鑑定で指摘された酒鬼薔薇聖斗(少年A)に対し、医師による「疑似家族」を作り上げるという特殊な治療体制が組まれました。

しかし、酒鬼薔薇聖斗(少年A)の暴力性は治まる事はなかったようです。

そんな酒鬼薔薇聖斗(少年A)は、ある少年院仲間に自身についてこのように語っていたそうです。

「いくら遺族の手記を読んでも、薬を飲んでも、治らないんだよ。僕は性格が異常なんだから…」
自身の成長や未来への期待を放棄しているかのような一言に、酒鬼薔薇聖斗(少年A)の虚無感が表れていますね。
やがて、東北医療少年院に移った酒鬼薔薇聖斗(少年A)ですが、新しい少年院でも半裸状態で発狂し、自身の性器を傷つけるなどの奇行をしていたそうです。
また、少年院収監中に、酒鬼薔薇聖斗(少年A)は、

「少年院はいい子にしていなければ出られないから気をつけないと」

とも話していたとも言います。

どれだけ少年院側が更生できるように真剣に取り組んでいたとしても、プログラムを受ける本人がこれでは到底更生できるとは思えませんよね。

少年院から2004年出所した酒鬼薔薇聖斗(少年A)ですが、本当に更生できているのかは「絶歌」や遺族への誠意ある謝罪のなさからも疑問を覚えずにはいられません。

少年A・酒鬼薔薇聖斗の現在は結婚しておらず社会復帰はしている説が有力


14歳だった酒鬼薔薇聖斗(少年A)が犯した「神戸連続児童殺傷事件」は世間に大変なショックを与え「少年法」改正のきっかけにもなりました。

酒鬼薔薇聖斗(少年A)は出所後、名前を変えて職や住所を転々とする中「絶歌」を出版します。

その後定住していた東京都内で記者の直撃を受け転居し、その後の足取りはわからなくなっています。

しかし、酒鬼薔薇聖斗(少年A)は他人から避けるように生活をしているため、結婚はおろか彼女さえいない可能性が高いと考えられます。

絶歌の中には「どうして人を殺してはいけないのかはわかりません」という一文もあり、残念ながら更生をしているとは到底思えないのが、彼の現状のようです。

どうか真面目に働いて、被害者家族への償いを全うしてほしいものですが、「絶歌」の出版により多額の印税を得た酒鬼薔薇聖斗(少年A)には難しいように思います。

また、酒鬼薔薇聖斗(少年A)の異常な性癖やナルシズムは、両親からの愛情不足が原因とも言われています。

酒鬼薔薇聖斗(少年A)の母親については、こちらの記事で詳しくまとめていますので、ぜひ読んでみてくださいね。